恋する段差ダンサー

ハイクの投稿をまとめて記事にしていました。

「桃尻娘」と「聖子の太股」

中原俊監督「桃尻娘TVシリーズのことを前回書いた。 

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個人的に「圧倒的に」第1作よりも2作目である「帰って来た」が好みだと書いたけども、ではいったい両者のどこが異なっているんだろうか。

実は1作目の方に伏線がいろいろあり、それを知ってると2作目の「わかりみ」が深くなるというのはある(原作を知ってればもっといいかもしれないが)。そういった事も含め、ざっと1作目の方を見てみたい。

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高校卒業間近

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大学否定論者の豊原氏、1作目では相築あきこさん(主人公・榊原玲奈)の彼氏である。妊娠の恐れがあったが回避し、ホッとしつつも強がりの態度。
なお作中で何度も言及されるが彼のセックスはかなりお粗末らしい。

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黒沢ひろみさんとの親密さも描かれる。

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ゲイ男子が愛するバスケ部先輩。
のちに醒井さんと結婚するが1週間で離婚されるw

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そして問題の醒井さん(金子美香さん)登場。
相築さんを強引にお泊りに誘う。

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お嬢様なので高そうな部屋に一人住まい。
醒井さんは女子力の高さをかなり強調されて描かれている。

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何も起こらず朝。

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黒沢さんが「あんな奴のところに泊まるな」と嫉妬でキレる。

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行きつけの喫茶店に全員集合。

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「何故うちは子供一人しか作らなかったの?」
「貧乏だったのよ…」母(横山道代さん)。
日本はそんな国だったのだ。

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無事大学合格。


1作目で印象に残るのは、登場人物たちの、今で言う「LGBT」しぐさが2作目よりもかなり強調されていること。まず女子3名が同性愛的三角関係にあり、互いにサヤアテなどしつつ、しかし全員彼氏もいるという、バイセクシャルな流れ。
ゲイ男子のほうは部活の先輩をこよなく愛してるのだが、同級男子にもちょっかいを出したりウリセンをやったりと落ち着かない。

ココで特徴なのは、女子側の同性愛は、美しかったり自由さとしての描かれかたなのに対し、男子側の同性愛しぐさが「気持ちわりぃ…(先輩の捨てゼリフ)」という扱われ方をされていることだ。女子側も「ちょっとおかしいわよ」的には描かれているが、男子側の「異常だ」「気持ち悪い」という表現は、「当時はそういう時代だったのだという説明」だとしても、今の感覚でこのまま受け入れるのは正直難しい。

ここから2作目「帰って来た」のことを考えると、続きなのだから、設定や「LGBT」しぐさなどについて「敢えて描かなくてもいい」と省略したところもあったのだとは思うが、それよりも個人的には「コンプライアンスやポリコレに配慮したのではないか?」と感じた。つまり2作目のほうが「テレビ向け」になったのである。

当時の世間の感覚から言って、例えば先輩の「ホモ気持ち悪い」発言や、はみ出し者である扱いなどは、確かに合ってはいるのだろうが、そういう「現実に沿った」描き方はプライムタイムのドラマには向かないと感じただろうし、それよりは、そんな訳あり男女も「和気あいあい」と描き、あたかもそんな問題などなかったかのような「既成事実として楽しく」仕上げる、というのが2作目だった気がする。
人によってはこれを「ヌルくなった」と思うかもしれないが、逆に私は 2作目のそういった空気感のほうが「80年代後半らしくて新しい」と感じたのである。 


さてご存知のかたも多いでしょうが、中原俊監督、日活ロマンポルノ出身である。実は私、その時代の彼の映画も見ている。これもシリーズ化して人気があった「聖子の太股」3作目である。なんでこんな動画を持ってるのかというと、15年くらい前の正月に、いきなりWOWOWでオンエアされたのであるw 私はこれが中原俊監督作品だと知ってたから「おおお!」と思って保存したのだった。

日活ロマンポルノというのは、今で言うAVではあるのだが、性行為の描写が一定以上含まれているなら内容は何をやってもいい、という制作ポリシーだったらしく、なので新人監督が実験しやすい環境であり、ここを下積みとして出世した監督や脚本家さんが何名もいる(金子修介氏など)。
実験的、とは言っても前衛なものだけではない。人気ドラマや名作映画のパロディ、大真面目な感動ストーリーなど、ただのポルノだと思って油断して見るとびっくりする。

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銭湯の看板娘「聖子」。寺島まゆみさん。

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ラストの「卒業」パロディが楽しくも泣ける。


成人もの映画であるし70年代を引きずった時代でもあるし、感動的内容ではあると言っても、随所に「アングラ感」が漂ってる。

たぶん「桃尻娘」第1作めにあった空気というのは、この「アングラ感」だったのだ。桃尻娘では、中心の男女こそ、(当時の)垢抜けた感じで描かれてはいるものの、その他周辺は、例えばセーラー服のスケバンが高校男子の股間をおちょくったり、強姦未遂があったりで、21時のTV番組には向いてない表現がいくつもあった。また、私が嫌う「汚い描写場面」もいくつかあった*1

第1作にあった、そういった「陰や負」の内容が「帰って来た桃尻娘」から、ほとんど消え去っているのである。それが自分にとって「新時代の到来」を予感させたのだし、暗黒の70年代が「やっと」終わっていく!という、なんかこう「清々しいような」気分にさせたんじゃないんだろうか。やっと自分の時代が来る!みたいな*2

同じ監督のシリーズドラマで、こうした変化が見られるというのが、今見ても実におもしろいなあと思ったのである。

 

*1:昭和映画の特徴などはコチラで書いている→ 男根至上主義への嫌悪

*2:そう考えると2作目、岸田智史演じるハラスメント・マスターは旧価値観の象徴として登場したのかもしれない。情けない顛末といい、あれこそ古いものが終わっていくという暗示とも読める

帰って来た桃尻娘(1986 / 中原俊)

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70年代のことをずっと語ってきたので、気分直しに(笑)80年代のことも少し取り上げてみようと思う。

タグが「暗黒の」となっているが、自分の中で80年代というのはカッチリ前半と後半に分かれており、一連の縁が切れた後、新しく出直した87年以降の自分というのは、今の私の基本になってる部分が多くある。そういう意味では全てが暗黒というわけではなかった。

ちょうどその頃にバブルも始まるのだが、そういった社会の勢いもあって、テレビも実験的な番組や放送枠が増え、夜とか、なんとはなしにボーッと点けて観てるだけでも何かしらの刺激があった。

そんな中で個人的に特に印象強かったのが、今回紹介する「桃尻娘シリーズ」。もちろん原作は橋本治氏で、同名の日活ポルノ映画もあるのだが、こっちはTVバージョンで、なんと監督は、まだ駆け出しの中原俊氏である。
「シリーズ」というからには 2本制作されたのだけど、最初の方は「卒業間近の高校生」エピソードで「大学受験を目指しながら恋や性に悩む仲間たち」みたいな内容。当時の標準にしては全員「ススんで」おり、発想が自由で刺激的だし、インテリ屈折男子や性的マイノリティ男子も登場するなど、内容的にもけっこう攻めてるなあと感じた。

で、続編が「帰って来た」である。受験が終わりメインの3名くらいが大学に入学、他に、浪人した者と「大学なんかくだらない」と敢えて進学しなかった者がいる。それぞれの新生活を描いた群集劇。

個人的にはこの「帰って来た」のほうが圧倒的に好きだった。前作に漂う雰囲気はまだ80年代前半なのに、こっちは80年代後半の雰囲気が見えてるところが実に興味深いのである(オンエア日時は半年しか違わない)。
こっちの続編のほうは再放送時(87年)に録画し、それを何度となく見ていた。私にとってこっちは「暗黒ではないほうの」80年代だったのだ。

内容レビューはめんどくさいので書かないが、スクショとともに、個人的ツボを解説しておく。


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港区海岸。
まだ「レインボーブリッジ」すらない!非常に貴重なのである。
浪人メンバー(セクマイ)が倉庫でバイトしている。
先輩の結婚式帰り、みんなでそこに集まり飲む。大学生、浪人、大学否定論者という立場や価値観の違う人間が集まり、飲み会は荒れてしまう。

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豊原功補が実に味のある「卑屈青年」を演じてる。大学否定論者で頭でっかちなところなど、今とイメージがほぼ変わらない。ヒロインは相築あきこさん。
荒れた飲み会のあと豊原行きつけの、「偏屈オヤジ」がやってる「ハラスメント・バーw」に行く。なんとマスターが岸田智史なんだけど、あまりに「ハマってて」彼だと気づかなかった。ものすごい嫌な奴w

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同じバーで後日。豊原の彼女だった黒沢ひろみさん。

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このシリーズで大好きだったのが金子美香さん演ずる「醒井さん」。今で言う「ヤリマンメンヘラ」で、ともかく周囲を振り回し、みんな迷惑がってる。

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渋谷の歩道橋でバッタリ。この80年代風景も貴重。
醒井さん、結婚した先輩と1週間で離婚してしまう。

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そして相築さんが好きだった相手を寝取ってしまう。
カニを買って相手のアパートに押しかける醒井さんとかち合うの図。

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カニを「くちゃくちゃ」食べるドアップは、映画「赤ちょうちん」ラストで秋吉久美子さんが「トリ」をぐちゃぐちゃ食べるシーンのオマージュだったかも。

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傷心の相築さんが「ハラスメント」マスターに近づくが、悪ぶってた外面と違い実像が情けないオッサンだと判明し、興ざめして去る。
この岸田のキャラなんか、ちょうど今の「ちょい悪アラ還」みたいで、「日本をダメにしたのこいつら!」みたいに思うw
 

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そして港区海岸に戻ってくる。
セクマイ浪人生と傷を舐め合いましょうみたいな(彼も好きだった先輩男子に振られている)。抱えてるのがサッポロ生樽。当時流行ったのよね。

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何故か「偶然」みんな集まってきちゃうw
倉庫の屋上で「謎の儀式」をして遊ぶ。

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もっと上で飲もうよと。
そして「まだレインボーブリッジもフジテレビもない」お台場空撮になりドラマは終わる。


おそらくだけど、これ「フィルム撮影」だと思うのよね。だから映画みたいでもある。監督が中原俊氏だし、彼の初期の映画だと思っても楽しめる。ちなみに私、彼の「桜の園」がすごく好きです。その世界観は、既にココにもあったかも。と後付だけど思ったりした。

あと、このシリーズでもっとも特徴的な要素となっているのが、「60年代〜70年代」ロック曲がBGMとして使用されてるところ(だからDVD化が難しい)。しかもその選曲が、なかなか渋くてですね、いわゆるオールディーズでもない、それまでの映画やドラマでは使われなかったような曲があったりする。これはかなり新鮮だったと思う。

この当時、豊原氏が20歳くらいだし相築さんも19歳くらいで、ほぼ世代的に等身大なのよね。かれらと同年代(ドラマ設定とも)の人々は、ちょうど平成になる頃に社会人になり、その後の30年の日本とともに歩いていく。今は50代前半ですね。
夜中の再放送でこれを見たとき、(その時の自分の境遇と併せて)日本が変わっていく気がする…みたいな、何か薄っすらとした希望みたいなものを自分は感じたのよね。物質的なものではない(バブルだったけど)。もっと何か、人の中の価値観が変わっていく、みたいな感じ。
わりと私、映画やドラマに簡単に影響受けるの。単純だからw だから録画したこれを何度も観て、「自分も変わっていくんだ」みたいな暗示をかけてたんだろう。暗黒の70年代は終わりなんだと。

そういう意味では「影響された」のではない。「あえて影響受けに行った」のだ。そうして夢の90年代に突入していくのである。


★続き

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早熟男子 〜「孤独の勝者」感

前回こんな記事を書きました。

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書きながら自分でも思ってたのだけど、こういうのって日頃わたしが嫌ってる「暗黒の昭和時代もの」なんじゃないのか、なんで「好き」みたいに取り上げるのかって。
確かにそうだ。昔は実際にこういう世界のこと嫌ってたし、それを構成してる人間、この世代の人々の考え方や風習そのものを忌み嫌ってた。

当ブログでも散々話題にしていたわ。

ネット無礼講 カテゴリーの記事一覧 - 恋する段差ダンサー


じゃあ今はそういうの消えたの?と考えると、そうでもないのだが、じゃあ受け入れられるようになった理由は何なのか。


いろいろ考えてみた結果「この辺がきっかけなんじゃないか」と思われるフシのある番組があった。それがこれだ。


渥美清の伝言


この動画はダイジェストだが、本当はもっと長い。その長い完全版を私はリアルタイムで偶然見て、「この当時の人々の」「オモテからは見えない」裏の姿を知ったのである。
男はつらいよ」シリーズと言えば、もう「典型的な」古風日本賛美として取り上げられるコンテンツなわけで、もちろん私だって「好きなわけがなく」「1本たりとも見たこともなく」避けていた世界観であった。そんな私でも、この番組は心に来るものがあったのである。
当時の私はというと、長年やっていたドラマー〜ホテル業を経て、音楽家としてオモテに戻ろうとしていた時代だった。創作活動はよく「つるの機織り」みたいだと例えられたりするが、これも同じく「オモテの華やかさと裏の苦労のギャップ」について、演じる本人が告白した、とても貴重な証言だったと思う。自分自身の当時の立場になぞらえて、かなり突き刺さってきたのである。

その後しばらくして、渥美氏の長男から「父からのひどいDV」告発という事件があるのだけど、それを知ってしまった今でも、この番組に対する自分の気持は変わらなかった。井上ひさしではないが、渥美氏に関しても「さもありなん」と思ってしまったのは、やはり世代のイメージが最初からあったためだろうか*1


さて本題。
私は常々「自分は早熟だったので苦労した」と語っています。極めて幼少から「オトナの」音楽を聞き、それらの良し悪しを聞き分けていた。自分の好きな音楽を語るとオトナからは「子どもなのにそんなの聴くの?」と驚かれ、当然同世代の子どもからは理解されなかった。
とても早い段階でロックやポップスを聞いて好きになったせいで、世の中の流行や作風が変化し「昔のほうがよかった…」と思ってしまう時期も、同世代より数年早く訪れた。早くも小学5年くらいから懐古厨みたいに「こんなのちっともよくない。前のほうがよかった」などと言う子どもだったのである。そうして高校時代には既に「世の中の音楽は全然よくない」という状態に陥った。

これが90年代〜2000年代サブカル昭和ブームで、自分好みの音楽性が世の中に復活し、引いては自分自身の再生のきっかけになったのだ、という話はココでよく書いた。そこに戻るまでは本当に長かった。

2000年代になってネットを始め、自分が子供の頃に好きだった音楽のファンと当時の話をしてみたい!と思うようになった。ところがだ。そうしてみたところ「自分と趣味があう年代が、ほぼ痛いアラ還世代ばかりになっていた」という現実を突きつけられる。そらそうだ。自分は早熟だったのだから、気が合う趣味の人々が、みんな「すごく年上」なのも当然だったのである。

私はそんな簡単な事実に気づかなかった。それが地雷だと気づかずに迂闊に近づいてしまったのだ。あとはもう前述カテゴリーで散々書いたとおり、昔「立派に見えた年上」のお兄様がた、今は「劣化オトナ」に成り下がっていた人々に散々な酷い目に遭うという。もうホントに何度も書くけど「こんな人達だったの…」という落胆はかなりなもので、今でもトラウマだ*2

結局やつらと「心通じ合う」的な気持ちは終始持てなかったのであるが、当時「すごくオトナで頼もしい」世代の「現在における社会での体たらくな現実」を知ったことで、自分の中に「ああ私はもう彼らとは違うんだ。」という感情が生まれた。同じ時代に生き、同じ空気を吸ってたはずなのに、今の彼らと自分は、感覚がこんなにも違う。

…そう気づいたとき、自分の中に「一息つけた感」みたいな気持ちが生まれた。
ずっと孤独だったが、その孤独と引き換えに、私は今、こういう特殊能力を授かり仕事にできている。これで正しかったんだ、私はやっと彼らに追いつき勝てたのかもしれない…と思った。

自分が「上から目線(俯瞰的な)」でモノを見れるようになり、初めて「昭和レトロ」を「微笑ましく」鑑賞できるようになった、ということなんである。

これが例えば、今も自分が「ホモ・ソーシャルやアラ還ミソジニーに振り回されている」というような辛い立場だったとしたら、野良猫ロックも寅さんも、穏やかに見ることなんか出来なかったはずだ。今の自分が「そういうものと無縁になれたからこそ」そういう作品を楽しめるようになった、ということなんである。

気持ちの余裕。

それこそが自分を成長させた最も大きなものだったのだな。と。