恋する段差ダンサー

ハイクの「下書き」をまとめて記事にしています。

みんな「いい人」すぎて付いて行けない。

楽家のヒトは適応障害みたいな人が多いという。

実際、僕の周りもそういう人が多い。そういう人々の「小学生時代の昔話」などを聴くと「僕自身の子供の頃とそっくり」なんである。

しかし今の僕は、そういうことを克服して、いつの間にか「なんとか社会に適応している」ように思ってる。

…自分が思ってるだけかもしれない。周りからは「そうでもない」と思われてるかもしれない。でも少なくとも僕は、他人には迷惑をかけないように、仕事は完璧にしよう、と心掛けてそれを実践しようと頑張ってきた。…そう。頑張ってきたのだ

最近よく自分の「不全家庭」のことを振り返るけども、いま思えばうちの父もそうだったのではないだろうか。外で必死に頑張っているぶん、そのしわ寄せが僕ら家族に来たのだろう。父は外で頑張るのと引き換えに、僕ら家族全員を踏み台にし、酷い目に遭わせたのだ*1

つまり今の僕も、そうやって頑張って完璧を実践している、その引き換えに「何か」か「どこか」に依存し酷いことになっているんじゃないだろうか。


僕の周りの適応障害ぽい同業の人々、確かに「社会生活がマトモに営めていない」。

でも そのかわり「みんないい人」なのだ。

彼らは僕なんかと違って 誰かや何かを踏み台にしたり酷い目に遭わせるようなことはしない。みんな「とても暖かくて素朴でいい人」ばかりなんである。


そんな周囲の音楽家に比べると自分なんか「悪人すぎて」本当に辛い。
父も、そしておそらく僕も、仕事を完璧にするので精一杯で、そのかわり「かなりの部分を犠牲にした」のだろうと思う。

手を抜いてのんびり生きてもよかったのかもしれない。でもそれだと、きっと今も「何も成し得ていない」し「世間からはどうでもいい人のまま」だろう。

…それでいいなら構わない。

でも僕は「それじゃ嫌」だった。「何者かになりたかった」。だからマトモになること「のみ」に人生のすべてを費やし「他のすべてを犠牲」にした。

父には家族が居た。その家族に依存し、家庭内で暴れまくり、僕らを踏み台にして、外向けのマトモさをかろうじて維持していた。そして同じように僕も、きっと周りを踏み台にし酷いことをしてきたのだ。


今の仕事をやるようになってから、いろんなことが見えてきた。
例えば「女子ライブ客おっさんしかいない問題*2」とか「アイドルに業界おっさん群がって逆置屋問題」とかに関して「どうにかならんのだろうか?」と思い始めると、そんな「いい人たち」の考え方と自分の考えが剥離してしまい、その矛盾に耐えられなくなってくるのだ。

音楽やメディアの人々は「政治やら原発やらには怒る」。
しかし「ミソジニー風習やロリ表現を今でも平気で許している」。

これはいったいどういうことなんだい?と。あっちは糾弾するけども「こっちは身内なのでナシ」なんですか?と。そのダブスタは、あなた達の中でどう処理されているのですか??と。


時代はよくなっていると信じたいが、それでも昨年の高橋健太郎氏の 5キロ先崖問題*3などが起こると、ともかく正義感絶対主義で、「自分らの普段しでかしてることには自覚がない」という人々、というか世代が今も多いという現実に愕然とする。


アイドル産業参加「以前」は僕も「そういう矛盾」についてしっかり言ってきたのだ。

しかしコッチに関わってからは、この業界内全体が「そういう意識が基本」で動いてるので、それを指摘すると「僕自身が仕事場を失う」ことになり、それは大変厳しい…という状況に置かれてきたのですよ。
つまり僕は、ずっと自分自身が批判してきた人々が関わるジャンルの仕事を始めてしまったということなのですね。

しかし 3年続けてきて「救い」もあった。

上記で述べたような「旧体制意識が支配する業界」であるなら、もうどうしようもないのだ、と諦めるかと思ってたところもあったけど、3年やってきて「いや そんなことない」「そういうダブスタでなくても回せる業界 な気がする」「いやむしろ そうしていかないとならない んじゃないか」と気づき、ならば私たちにも、まだ出来ることはあるんじゃないか?的に、前向きな考えに変化してきたのである。

まあそうだよな。そもそも僕や Sz-Pさんが参加してる時点で、そんな旧体制に与する活動なんかするわけがないんだし、そんな業界に逆らうようなことが 出来るとすれば僕らしかおらんやろ」と。
そんな意味で私たちが「業界の中に一粒蒔かれた種」だとすれば、それは「ここで諦める訳にはいかない」というのが今の私の決意でもあるのだ。


そうね…思えばこの3年。私は「いい人たち」に「仲間」という名目で「人質」にされてたのよ。そうして自由を奪われてきた。でも「もうそろそろいいだろ」ということ。


一つだけ言っておきたいのは「この業界全体がそういうことではない」ということです。「夢のあるいい世界」だと思うのだけど「一部の人々」がそれにかこつけて、欲望の任すまま好き放題している傾向が多々あるってことなのね。
個人の性癖までどうこう言う筋合いはないけど、それを表立って隠してないというのは、それはあまりに「既得権益」すぎるということです。

「業界ミソジニー的なことをなんとかしないとなあ」とか、古い風習を「沈む船だから」などと日頃言ってる私が、そういうの「普通だと思ってる人々」と付き合えるわけないんでして、それに関してはもうほんと「居心地が悪かった 3年間」でした。

微笑みの仮面を貼り付けて騙し騙し生きるのももう限界。僕は僕の世界に戻るよ。と。そう決意を新たにし再出発していこうという気持ちですよ、と。新生ミルク再スタートに関連して思ったこと。

★関連karamandarine.hatenadiary.jp