恋する段差ダンサー

ハイクの「下書き」まとめ。まだまだ深く掘っていきマスク。

「5キロ先の崖」扱いされた私たち

暑い夏です。

さて最近、北村紗衣さんという方が以下のような記事をアップしたところ、ネット上の識者の皆様から袋叩きに遭う、という事件がありました。

個人的には、北村氏の主張について「まったくそのとおりだ」と思っておりましたので、そうとは思わなかった周りの反応が意外でちょっと驚いた。で、「炎上」というスラングのとおり、様々な方々がこぞって、コレに対して糾弾されてたわけですが、そのメンバー中の一人に、以前より存じ上げてる音楽評論家の高橋健太郎氏がおり、それもたいそう驚きました。今回は、それに関して書いたものを纏めていきたいと思います。本当なら流れをちゃんと追って書きたいところですが、そうすると、また蒸し返してしまうことになるので、ココでは流れを説明しません。興味がある方は検索でトゥギャッターなどを探してください。

 

ということで、高橋氏と北村氏は理解し合えることもなく決裂したようなのですが、そのきっかけは、議論の途中で高橋氏が「自分のツイッターのタイムラインに広く意見を求める」という行為に出たことです。その行為に北村氏は以下のように述べ、それで議論は終了したのでした。

一方的に話を終了させられた高橋氏は、そのことが不満だったのか、その後も、北村氏への揶揄や、批判めいた トゥギャッターまとめをいくつも作り、晒し者にし続けました。その陰湿なやり方にも、僕は高橋氏とはこんな人物だったか…と大変驚き、幻滅しました*1

 

今回、僕が個人的に、いちばん納得行っていない部分は、北村氏の「女子大生の発言はジェンダー的にどうなのか」というような指摘に対し、高橋氏が「今はそれより重要なことがあるので、コチラを優先しないとならない」というような意味合いで「ジェンダーの問題は5キロ先の崖だから、とりあえず目の前の危険をなんとかしよう」的な発言をしたということです。

この発言を聞いたとき、自分自身のこれまでの身に起こったことが、走馬灯のように一気に蘇りました。子供の頃から10代を通して、僕は常にどの集団でもマイノリティ側で、意見を取り入れてもらったことがありません。一応聞く耳は持ってるような素振りを相手は示すのですが、「しかし今は重要じゃないから」「緊急ではないから」「本題ではないから」というように、後回しにされてきたのです。そして、今回の高橋氏の発言も、これらとまったく一緒だったのです。

確かに現実問題として、目の前に危険が迫ってるとき、優先事項というのはあります。しかし、それと、実際に「いまはそれどころじゃない、我慢しとけ」という発言をすることは別です。そういう配慮のない人物を信用できるのか、という話です*2

また、ある種のリーダー的人物が、議論相手の了解も得ずに「みんなはどう思う?」などと声がけするというような、ジャイアン的横暴さも引っかかった部分です。

 

奇しくも、個人的に「吹奏楽時代の封建的運営」について、ハイクで回顧し続けていたところでした。そこにこの出来事が起こり、音楽サークルの体育会系価値観や、音楽業界のミソジニー気質などについて、改めて、この問題とリンクして考えることになったのです。

 

以下の回想は、ハイクで何度にも分けてダラダラと書き続けたものですので、まとまりはありません。しかし、僕の思考の流れとして、参考程度に読んでいただければ、楽しめるかもしれません。

 

ということで、以下が、ハイクでの僕の「ひとりごと」になります。

 

ずっとその後も考えてるが、やっぱり、どこをどう考えても北村紗衣氏が述べてることについて、どこがおかしいのか、まったくわからない。至極まっとうな意見だと思うのですが。なぜここまで叩かれるのか?

それはそれとして、みんなで寄ってたかって、まとめを何個も創って晒しあげてることが、ものすごく陰湿で、その異常性と、そレを行っているメンバーの中に知っている人間がいる、ということのほうがはるかに私ショックなんですが。

個人的幸せを語っていいというなら、例えばヲタクの人が「毎日アイドル現場に通う幸せを大切にしたい」と熱く語ったとして、あんなに賛同されるんだろうか?あれは「女子大生」という「おっさんにとって特別な肩書の人」が「お利口さん」なこと言ったことが支持されてるにすぎないと思う。おっさんの喜びそうなこと、うるうる主張するから、コチラはすごく違和感あるってことなのよ(個人的意見です)。

それから、高橋氏の「TLのみなさん、どうですかー」については、集合知だというのはそのとおりだと思うんだけど、実は個人的に思うことがあります。健太郎氏は最近、本を出版されたのですが、そのことを知ったとき、ココ何年かの健太郎氏のTLでの投げかけやひとりごとなどは、この本を執筆する際のヒントや刺激にするために行ってたことだったのか!と気づいたということです。

今、具体的にどれ、とは指摘できないが、直感的に、あああれらもそうだな、と思いつくやりとりが幾つもある。それはそれで構わないが、であれば、その集合知を、書籍に謝辞として載っけてもいいよね?とは思うよね。彼のTLのみんなは、望むと望まないにかかわらず、全員、無償で彼に書籍の内容の一部を提供したことになる。本の出版を知ったとき、僕は「あー。やられた。。」とハッキリ思った。そして今回の北村さんについての呼びかけも、これと同種のものだと感じた、ということ。

上に立つものはこうやって、悪気もなく、意識もなく、こういう搾取をするのだ。それはかつて僕が何度も、される側として通った道であり。そして、いま年齢が上がった僕自身が、若者に対してやってしまいがちなことでもある。ここは今一度、反面教師としたい。気をつけないと。とね。

本題である「母親が御飯作って待ってる」云々についても、個人的に思うことがある。とりあえずザックリ書くと、僕がここんところずっと書き続けてた、吹奏楽部時代の話に似ているところが多々ある。封建的音楽業界としての常識がそのまま今も進行している、という感じ。つまり「ジェンダー問題は5キロ先の崖だから先送り」などという考えは、まさに僕が現役当時、争っていた同期の連中の価値観とそっくりだということなんである。

それでも一応言っておきますが、高橋健太郎氏は、業界の中ではずいぶん進歩的で新しい価値観の持ち主のヒトだと思います。しかし、それでもこういうことになる。じゃあ、旧来型の音楽業界者は、どんだけヒドイかってのは推して知るべし的なことですね。同年代の世界で居場所がなかった僕にとって、この事実はホント絶望だな、と改めて思ったな。

 

常々、いつか音楽業界ミソジニーについて書かねば、と思ってたが、ちょうどいいのでこの機会に書くことにする。
このことについては、僕がごく若い頃に先輩に訓示されました。「いいか?レコードやCDをたくさん買って聴くような奴らはほとんどが男子だろ?だから男子が喜ぶようなものを作るんだよ。あとな、スタッフもほぼみんな男子だろ?だからそこでも喜ばれる人が求められる。そういう世界だからな。」と。。ええ、私とても純粋でしたので、大変なショックでしたよ。そら僕もアイドルとか聴いてましたけど、それは「いいから」聴いていたので、外見的なものは若干あるにせよ、そこを「提供側が」意識しているとは思っていなかった。

そうなのか。。と大変なショックを受けたけども、先輩も大げさに言っとるんやろ、と思いたかったわけですが、でも実際その世界でしばらく生きてみると、現実もそのとおりだった。業界は男根主義で回されており、そこに生息する女子という人は、常に「そういう目」で見られ、扱われているのだった。もちろん差はあるのだけど、その差と言っても、扱い方が「丁寧かそうでないか」の違いくらいで、基本はみんな一緒じゃないかなあ、と思う。そんな世界で、同姓に好かれなかった僕が生きて行ける気はしなかったよね。その人々に気に入られなければ活動自体ができない、と思った。だからその時点でかなり絶望した。その後10年くらいかな、それでもどうしても音楽をやりたいと思い、そういう中で生きていくためのやりかたを試行錯誤して自分でそれを編み出していった。そういう流れだったね(吹奏楽関連の回想で長々と書いた)。
今回の一連の北村紗衣さん事案で思ったのは、結局、そういう世代のヒトは、その価値観は今もまったく変化していないんだ…ということだったのよ。

あとはコチラも興味深かった。有村氏のこの発言。

有村悠 on Twitter: "「あそこは「安倍に」抗議に行く場所」なんだから細かい違和感には目を瞑れというのもヤな同調圧力だと思うのよ>武蔵大・北村紗衣(@Cristoforou)先生のファッション・フェミニズムに基づくSEALDs批判 - Togetterまとめ http://t.co/IQR6pgjxRT"

この「同調圧力」というのは業界ミソジニーと一体化したものだと思う。つまりみんな「ただ発情してるだけ」なんだ、と。この世界に参加するということは、その「発情状態」に加わる、ということの暗黙の了解である、と。そして「その世界における表現」とは、その「発情状態」を、どのようにコーティングして綺麗に言うかどうかの競争にすぎない、ということです。だからそれはもう「会いたくて震える」という表現と全然変わらない。どっちもどっちで優劣なんかない。そういう恥ずかしい事実が、この事件で露呈しただけだって思ってる。

 

僕の意見に近い記事があったのでココで紹介しておきます。

社会の中心の運動/保守の世代交代/内輪もめについて - c71の一日

僕がずっと感じてた疑問の答えらしきものが、この記事にあった気がしている。

 

さて本題の音楽業界ミソジニーについて、もう少し個人的な気持ちをいろいろと。

業界全体の問題として「男子に気に入られるかどうか」でほぼ決まる、という話でした。これに関連するかどうかわからないけど、私いつしか、女子の方を「ちゃん」付けで呼ぶことにすごく抵抗を覚えるようになりました。自分はもともと殆どそう呼んだことがない。例外はあります。「〜ちゃん」まで全部含めてアダ名になってるような人の場合は、そう呼んだ。でも一人二人くらい。なんというかね、「ちゃん」という敬称?に含まれる、何とも言えない粘着力な感じが凄く嫌で、媚を含んだような、あからさまな性表現が体現されたような、その呼び方が、すごく耐えられなかった。これは男子どおしでもあるよね。部下のことをそう呼ぶ上司もいる。自分がそう呼ばれるのも苦手だった。

こういう感覚が、音楽界の場合、すごく顕著だという感じがしたのね。前も書いたが、もともと女子を消費するものとしてしか見ていないわけで、その世界における「ちゃん」というのは、あからさまじゃないですか。もちろんこの世界には、売り物じゃない女子、例えばマネージャとか事務の人とかですかね、そういう人もいるわけですが、やっぱりそう見られてることがあります。まあ、そう見ていることに関しては、男子だからね、キモイと思われようと内心どう思っててもしょうがない気はするけど、音楽やってると、男子のメンバーどおしで、そういう話題を共有しないとならないわけです。雑談や仕事の話として。そういう男子校ノリに、ともかく混ざれなかった。全体がそういうノリだから、それを是正しようとする人すらいない。それやると、商売そのものを否定することになる。こういうのは自分の仕事の適性として非常に難しいと感じた。

もちろん今は、現場にも女子が沢山おり、テキパキ仕事していますけど、そういう方々について男子の方々は「中身はオトコだから」という言い方をしてましたね。その言い方も苦手だったんだよなあ。別にみんな普通にやってるだけなんじゃないんだろうか、って思ってた。

男子に気に入られるかどうかで決まる、というのは同性である男子でも一緒で、僕自身、よく評価をされましたよ。音楽とは関係ない部分で、お前はキモいとか、もっとこうしろああしろ、ノリが悪い、趣味が変とか、常にジャッジされる。それ音楽的能力と関係無いですよね??と思うこともたくさんあった。そういう居心地の悪い世界で、長い時間、楽しそうな顔をして居続けるって、すごく難しいんだよ。ニコニコ愛想笑いをし、辻褄を合わせ、同意したり、提案したりとか。そういう空気の読み方がとてもむずかしかった。もうさっさと、音楽だけやって帰りたかった。というような、若いころの出来事があり、これをずっと耐えながら歳を重ねて、いつか自分の時代が来るのを待つ、というのは無理だと思ったね。だから一旦抜けた(実際はドラマーとして「やり過ごす」ことにした。詳細後述)。

で、話が戻りますが、こういう世界観がもともとあったのだ、と。だから、ある年齢以上の業界人やメディア人は、その時の感覚を今も持ってるわけです。もちろん今は時代も変わり、そういうのをあからさまには出せないようにはなったけども、それでも何かのフシにポロッと出てしまうことがあるでしょ。それが今回の事件だったと思ってるの。「あー。。この人もでしたか…」というような。もう僕としては、そういう人とは一緒にいられないからね。今更またそんなの我慢して、年上の世代の価値観に混ざるとか真っ平です、と思った。


で、僕が何故それほどまでに業界ミソジニーを忌避してるのか、根本的で最も大きな理由が一つあります。それは「自分がそれに染まりたくないから」です。

いろんな仕事経験して、もちろん音楽関係もやって、そういう中にある男子校的価値観や、下品さ、大雑把さ、その他もろもろね。そういう、元々の僕になかったもの、むしろ積極的に避けてたものが、その世界にいることによって、徐々に慣れてきてしまい、染まってしまうことを常に恐れている。もともと僕が持っていたヒリヒリした感覚を常に持ち続けたい。というより、それこそが僕であるから是が非でも維持していかなければならない。そう思ってるってこと。

これは業界じゃなくともどこでも起こることです。例えば戦場に行ったヒトとか、最初は倫理観あった人でも徐々に麻痺して、亡くなった人を蹴るようになるとか、強姦することが普通になってくるとか、そういう話はいくらでもありますね。ある組織のミソジニー気質に憤りを感じていても、やがて慣れてしまい居心地がよくなり不満もなくなる、と。それは適応とも言います。そういうことが自分にも起こるのが怖かった、ということです。

これは単なる好みの問題だけではないですね。創作に携わる人として、死活問題でもあります。つまり、そういう本来なら忌み嫌ってたはずの集団と交わって自分がそれに慣れて変わってしまい、それで作風そのものも変化してしまう、ということを実はいちばん恐れているわけです。

これはつまり、ごく若いうちから、僕が持ち続けてる自分の感覚を、今も信じ続けてるってことです。こういう僕の気質は、時にはバカにされ、青臭いと非難されたり、男らしくないと言われたりもしたけど、それらすべてが自分自身の作風であり個性である、と思ってるわけです。こんな自分だからこそ、あれらの作品群を産めたわけでしょ?と。途中途中でマイナーチェンジはあるし、僕もオトナになってますから、まったく一緒ではないけど、根底に流れてるものは一緒でしょ。そういうことを、どんな場合でも常に思ってた。だから、音楽業界人との付き合いも面白かったけど、あそこの常識に慣れていってしまうのは危険だと思っていた*3

自分と似た感覚を持ってるような、かつての自分タイプみたいな他の方々とも、常に共感して繋がっていけるよう、アンテナが折れないようにしておかなければならない。と。


僕は自分自身の自由のために音楽活動を始めたはずだが、今まで書いたような様々な出来事があり、結局いずれの場所でも、精神的な自由をまったく得られなかった。このままでは音楽を辞めるしかない、どうしたらいいだろう、と考えた末、選んだ道が「とりあえずドラマーとしてやり過ごす」だった。ドラマー、という立場は、例えて言うなら「一兵卒」なのである。つまりバンド運営にかかわらずに済むし、その音楽性や制作にもかかわらずに済む便利なパートだった(以前書いた)。自分の意志を封じ込め、毎日何も考えないようにして、ただのロボットのように、ドラマーという立場を演じ続けたのだな。

そういう過程を経て、やっと表現者になってきたわけでしょ。そういう時、やっぱり最初は舞い上がって、さあこれで僕もみんなの仲間入りだ!と思ったのだけど、やっぱり事あるごとに、かつてのマイノリティだった苦しさのことを思い出して、胸が傷んだのよね。そうするとね、やっぱり僕がすべきことは、こういうことじゃない、かつての自分自身の不満みたいなものを救い上げられるような創作をすべきじゃないか、と思うようになってきた、というわけですね。それが可能になった今だからこそ、だね。

音楽そのものは、今までどおりメジャースタイルで全然構わない。そこは矛盾しないのだ、ということにもやっと最近気づいた。僕は僕として単体でそういうことをしていく以外にない、ということなんだな。

 

もうひとつ、この件に関して何故ここまで引っかかったのか、ということについて。

実は個人的に、高橋健太郎氏がプロデューサーである「OTOTOY」というレーベルについて長年、不満を抱いていたということがあるのである。詳細は書かないが、そういう理由から、高橋氏について、ネット上ではずいぶん偉そうなこと、いいことばかり言ってるんだが、肝心のあなたのサイトはどうなってるんだい??という積年の思いも個人的にあったということである。
まあそうは言うものの、今までは、高橋氏の個人的気質まで嫌悪していたわけではなかった。ところが今回の出来事で、実は彼の気質自体もこういう方、つまり旧来型の業界感覚がすっぽり染み付いてるひとりに過ぎなかった、ということがわかってしまった。それプラス。本の出版という出来事もあり、それまで僕が感じてた高橋氏の気質というものは、実は装っていたもの(もしくは遠慮したもの)だったと気づいたってこと。だから、彼は「変わった」のではない。元々の気質に(表面上も)戻ったのであろう、と*4。その事実についての幻滅がかなり大きかった、ということです。

高橋健太郎氏の今までのツイッター議論は、どれを見ても一貫した特徴があり、基本的には自分の意見は変えませんね。それと、濃いやりとりに関して、そういうディベートそのものを数学の問題を解くように楽しんでるフシがある。これは、そのつもりがない相手にとっては「遊ばれてる」と感じるはずです。何も生産しない。

僕は今回のことで「彼と関わることそのものが無駄になるので、自分の視界から存在を消したほうがよい」と思った。今までそうしてきたように今回も、そういう「かつての古い価値観」は見えないことにして、僕自身は関係ない世界にいたほうがいい、と判断したわけですね。自分自身の創作を続けるためには、そうするしかないだろう、かつての轍を再び歩かないためにも。そういうことだね。

 

さて。僕が昔から男子とはソリが合わなかった、という話を以前したことがありますが、では僕にとっての女子という人たちはどういう人だったかというと「話すとおもしろい人たち」です。これは小学生くらいから一貫してずっと思ってる。

なかなかじっくり話す機会とかないのだけど、その機会が与えられて話してみると、みんなすごくおもしろいことを思ってることがわかる。自分にはない価値観の持ち主なんだよね。それがすごく楽しかった。僕に話をする女子の人たちも、普段はあまり話せる機会がないらしく、みんな話ができて嬉しいと言っていた。

時代は過ぎて吹奏楽部。前に長々と書いたけど、体育会封建的部活が嫌で、自分が先輩になったら、それはしないようにしようと思った、という話。やがて僕のドラマーセンスが発揮されてくると、人望を集められるようになってきて、で、旧体制の体育会系先輩と相対するカウンターとしての存在になったわけです。そうすると、今度は女子だけじゃないのね、怖い先輩には話せないようなことが、僕相手だと話せるというので、普通に男子の後輩とかも、僕といろいろ話すようになった。そうして、部活内に僕のラインができていったわけです。

これらの経験で思ったのだけど、寡黙で流されるしかない本来のマイノリティのヒトが、自分を主張する機会を与えられると、すごくおもしろいことを色々話すんだな、と。こういう立場の人達の意見をまとめたり、取り入れたりすれば、今までとは違う世界ができるんじゃないだろうか。そんなことを思ったんだよな。もちろん、その時は具体的にどうこう考えてたわけではなかったけど、やがてそれは自主レーベルを立ち上げる、ということに繋がっていったのね。なので、そういう経験を初めて活かせたのが長崎での活動だった、というわけ。

前にもブログで書いたんですけど、21世紀になってネットの時代になったとき、ネット上にたくさんいた女子の文章表現者たちの、その表現内容の豊かさに僕は感動して、そこからコラボレーションに発展したりしました。ネット上も、誰にも邪魔されない世界でしょ。そういう場所では、みんな自由に雄弁に語るのね。発言場所を与えられてたというわけ。で、こういうことを、音楽でも出来るんじゃないか、活動的な輩に押されて、なかなか表現機会のない人に、そういう場所を与えれば、いい音楽ができるのではないだろうか、と。そう思ったというわけ。だからレーベルにしたんだね。

ということで音楽業界ミソジニーの話に戻るけども、今まで一方的に嫌悪感だけ書き連ねてきたけど、実は、その世界が居づらいと感じるのは、たぶん、僕だけじゃないはず、他にもたくさんいたはず、って思ったの。そういえば、音楽界には一発屋さんとか、いつの間にか引退した人とかよくいるけど、そういうヒトも、才能の問題というより、僕と同じようにその世界が合わなかっただけなんじゃないか、って思うようになった。
音楽業界と言っても別に一枚岩ではなく、実際は多種多様な世界です。なのに、一部の目立つ意見のせいで、その価値観が「その世界の共通認識」扱いされてしまうことは不本意ですね。そういうことを、僕以外の人も少なからず思ってるのはないかと思ったわけです。

でね、今の時代、昔と違って、レコーディング機器の発達で、全部自分の部屋で完成させてCDまで作れるようになったでしょ?そすると、わざわざ嫌な思いをして、旧態然とした奴らなんかに合わせて、男子校的ミソジニーの世界に無理にいる必要が、まったく失くなったわけです。そういう人達が増えて、今までとは違う表現が生まれれば、それもすごくオモシロイと思った。

で、これは今、実際にそうなってますので、ホントに良かったと思ってます。

音楽ってのは「道(どう)」みたいなもので、政治家の秘書や落語家の弟子のように、みっちり辛いことにも耐えないと物にならない世界だって言われてます。これはこれでそのとおりな部分もないことはないが、でもそれに耐えられないけど、何かの才能があるヒトだっているはずでしょ。そういう、メインルートではない、横道を僕は開拓していきたいのだ、ということなんだな。そういうことを、若いころの女子の人たちとの付き合いで学んだということだと思います*5

 

こないだ故郷のラジオに出たとき、いろいろ過去のことを質問されたのだけど、そのときに、小学生時代のおもしろいことを思い出したのです。小学校卒業のとき卒業文集というのがありますね。それの中で「将来なりたい職業は?」というのがあったとき、私なんと書いたかというと「個人タクシーの運転手」と書いたのです。これは僕の伝説になりましたね。とりあえず、それを読んだ父親から大激怒され。あとは、その文集、市内の全部の中学に配布されたらしく(!)、他中の奴らからも、事あるごとに言われました。

職業に貴賎はないとは言いますが、そういう過去があったんやね。それを書いた時の自分の気持はハッキリ覚えてるよ。つまり「何にも縛られず自由で居たかった」んだよね。で、僕の中では、その職業がそう見えたんだろう(小学生なので実際のことは知らない)。このことはずいぶんトラウマになった。なんでそんなに指差されたり責められるのかわからなかった。
でね、こないだそのことを思い出したとき、ああ今の自分。ひょっとしたら似た仕事してるんちゃう?って思ったの。小学校の卒業文集のまま、似たことやってるわ、と。人生は面白いなって思ったよ。

 

ところで、ずっと書きながら、ふと思ったのだけど、子供の頃〜高校封建的吹奏楽〜音楽界、というように回顧してきたけど、あれ?大阪時代がスッポリ抜けてね?みたいに気づいたのだ。大阪というか、僕が居たのは(最も濃い)河内やけど、そういえば唯一大阪時代だけ、私そういう不満を感じなかったのだ。関西なんかコテコテやし、いちばんそういうの強そうな気がするけども、実は個人的には、そういうことが周りにはなく、今思うと、一番楽な時代だった。と。そう気づいたんである。自分もちょっとびっくり。

これはね「芸術系の大学」という環境なんだと今思ってる。周りの同じ大学の連中が、そういう考えじゃなかったということなんです。むしろ、そういう「前時代的ミソジニー」を嫌悪しており、そういう言動の友人などがいたら軽蔑したような環境。世代でもない。というのは、先輩方もそういう考えだったから。「野蛮なタイプ」のヒトには殆ど会った記憶がない。嫌味な言い方だけど、僕らの仲間内は「高尚なこと」を常に考えているよう心がけてたな。だからね、個人的にはいろいろ大変ではあったけども、しかし、ことマイノリティ感覚という意味では、みんな理想的だったと思う。

まあ、関西はそういう話は根深いね。いろんな差別とか。だからこそ逆に、みんな常に意識して、問題視していたから、そういう癖が根付いてたんじゃなかろうか。そんな幸せな大阪時代から一転。東京で音大関係生活が始まって、ココでも書いたけど、寮の時代から、どんどんかつての吹奏楽のように封建的に戻っていき、また軍隊的になり、ミソジニーになり、つらい日々になっていったのである。音楽家というのは野蛮で動物的なんだという現実を突きつけられたんやね。

そうそう、ちょっと前ネットで、なんでクラシック女子は、リサイタルとかで露出系ドレス着るのか?って話で盛り上がってたけど、つまりそういう需要があるってことなん。これなんか判りやすい事例だよね。

 

ただ、大阪時代のような理想的純粋培養は、のちのち大変なことになる。僕らはいつまでも青春じゃない。東京に出てからも大阪の友人に会いに関西はよく行った。当然「東京はどうなん」みたいに聴かれる。「うん、楽しくやっとるわ」と答えはするけども、実際は、なかなか思ったような活動は出来てなかったから、なんかアレやったな。また、同じようにみんなも大学卒業して就職とかしてるわけですが、一様にみんな暗い感じでな、会社がつまらん、みんなDQNばかりで話が通じん、などとボヤいておった。いちばん仲のよかった友人、今は徳島におるけど、最初に信楽で就職したころ、ほんとうによく荒れて、陶器を壁にぶつけて破壊したりとか、グラスを握りつぶしたりとかしたらしい。今思うと、それは僕の感じてたギャップと似たようなことだったんだろう、と思う。ちなみに、一度だけ信楽に遊びに行ったことある。電車で(その時に伊賀上野とか柘植とか通った)。家庭を持って幸せそうではあったが、グラスと握りつぶした話とかすると、そんなこともあったなあ、と遠い目をしてたのが印象的だった。

まあそんなわけで、今でも僕がことのほか大阪時代についてノスタルジー以上の感情があるのは、環境的にはとても安心できた、ということがあるんだろうと思う。前にココで池袋の話した時に書いたが、その大阪の環境を東京でも再現したいと思ったが、結局できなかった、っていう話ね。まあでも、僕は演奏活動がしたかった、そのために上京したのだ、とその時も書いたし、今も思ってる。それと引き換えに、色んな物も捨てざるを得なかったんだなあ、と思ってる。

 

今、振り返って、その純粋培養の世界がよかったのかどうか、というのは、功罪あると思ってます。例えば「DQN性」みたいなことについて、今は嫌悪感ないです。というのは、音楽が広く受け入れられて浸透していく場合、このある意味「DQN性」という要素が一番重要だからですね。これはね、言い換えると「生身性」という感じです。温かい音楽っていうんですかね、今この時を生きてるぞー!という実感です。それがDQN性だと思ってる。

僕にはそれが圧倒的に足りなかったのですよ。そらそうだ、ずっと避けてたもん。でね、東京での暮らし、特に90年代以降になって、いろんな仕事するようになると、一言でDQNと括っても、別にいい人もいるし悪い人もいるし、ということに気づいたんだな。むしろ僕的にはジャズ演奏家とかのほうがDQNです。逆にパンクとかの人が真っ当だったりする。

そうしてあらゆるタイプの人と、別け隔てなく付き合うようになって、純粋培養ではなくなり、そこで初めて僕自身の表現にも「人間性」が出てきたってことなんだな。

 

結局、話はリンクしつつリピートになるけど、望んだような環境になるのは上京後数年経ってからだよな。周りの世代が更新されて若返りされた時にそれが起こったので、こっちじゃ世代なのかなあ、と思ったな。

やっぱり大阪の環境は選ばれたものだったということでもあった。一般には適用されないというか。あくまで特殊であり、普通は違うんだってことだな。

それにしても、吹奏楽界隈に今でも軍隊方式が根強く続いてるのはびっくりしたなあ。まあしかし、ニュースでも体育会系の不祥事とか最近よく出てくるし、ネット上のミソジニーは本当にヒドイし、政治家のそれ系な失言も頻繁に出てくることを考えると、世の中はまったく変わっていないのかもしれない。

僕自身が生き方がうまくなり、そういう嫌な世界をうまく避けて生きられるようになっただけなのだ。そういう世界が、決して消えたわけではない。視界に入らなくなっただけ。そういうことだったんだなあと思ってる。

 

〜余談〜

ちょうど10日くらい前かな。この事について考えていた。

確かこの日(2015年7月後半)は国会で何かあって、それでネットの人々がずいぶん怒っていたのだけど、それをいくつか読むうち、過去の僕との仕事でトラブった相手(mtan氏)の発言が出てきたのね。そのmtan氏が僕にしたことを思い出すと、今でも腸煮えくり返るくらいの気分になるが*6、まあでもそれはそれでしょうがないな、と思ってたところ、その国会の件で、そのmtan氏が、ずいぶんと威勢のいいことを言っておりまして、そんな偉そうなこと言うなら、僕との仕事も是非ちゃんとして欲しかったんですけど??と思って、強い怒りが湧いてきましてね。何度も抗議レスを書いて、送る寸前まで行きましたが、今さらそんなこと言ってもしょうがない、と必死に我慢した。

ちょうどそんな時に上記の記事を読んで、はたして「自分の仕事がちゃんとしてること」と「相手がちゃんとしてないことについて抗議すること」は、イコールでなければいけないのか、どうなのか、ということを考えたわけ。

僕の好きな外国のことわざで「人は自分の頭の上のハエだけ追ってればいい」というのがあります。他人をどうこう言う前に、肝心の自分はどうなんだい?ということなんだけど、そうすると、ちゃんとしてる人でなければ発言権はないんだろうか?という話になってくる。そこ突き詰めていくと、マイノリティはマジョリティのルールに則らなければ、権利は認められない、という話になるのではないだろうか。

それからもうひとつ。「火事を消そうとして慌ててる人が、コップの水を持ってきたとしても、それを咎めるのではなく、消そうとした気持ちを優先しよう」という外国のことわざがあります。これも好き。

これは実は、半年くらい前かな、ろくでなし子先生の話をココでずっとしてたことがあったけど、彼女について細かいところは問題あるけども、彼女がしたいことの行動力を大切にして、そこは邪魔せず静観したい、というようなことを言ったと思います。

これはそのまんま、今回の高橋氏の発言に繋がってくるだろう。彼の女性観、もしくは女子大生の母親発言は問題あったが、それよりも、彼らの行動力を今は重視したい、というのと同じになってくるんじゃないか、と思ったのね。

そうすると、人が誰かを「そこは見過ごしてあげたい」と感じるのって、完全に好みになってくるんじゃないか、と思ったわけだ。僕でさえ、こうしてわずか半年くらいのあいだに、対応が180度異なってるわけで、じゃあ誰だってそういうブレブレなのは当たり前じゃんか、と思ったね。

で、今の僕はどっちなんだろう、と考えた時に、いやーやっぱり高橋氏のほうが許せないかなあ、と思ったということなんだよね。

それは、今回のこの問題だけじゃなく、僕自身がとても長い間感じてた「音楽業界ミソジニー」の問題とリンクしてくるからだろうと思う。つまり、ろくでなし子先生の時と比べて、今回が自分に身近な問題だったから、自分自身のこととして捉えることができた、ということなんだな。

だから今の、この僕の考えで、かつてのろくでなし子先生の件を今一度考えると、当時とは違った結論になるかもしれない。まあでも個人的感情としては、高橋氏より、なし子先生のほうが好きですけどね。なぜなら、なし子先生のほうは、評論家ではなく表現者だからです。そこはやっぱり最低でも敬愛の気持ちは持っていたいな、と。

*1:かつて七尾旅人氏に「感情的物言いはよくない」的な説教をした人物とは思えないような感情的言動に心底驚いた

*2:しかも高橋氏はこの喩えがよほど気に入ったらしく自画自賛発言までしていました。いったい何を浮かれているのか、本当に腹立たしかった。

*3:そういう距離感、つまり、常に他者とのあいだに壁を作る、という僕の性質が、親しみにくい、ということで仲間扱いされない、ということにもなるんだけど、やっぱりそれは、最終的にはやっぱり、自分自身の感覚を守る、というほうを僕は選ぶ。だから、その壁をムリクリ乗り越えてくるようなヒトを僕はいちばん嫌悪する(長崎時代によく起こったことはこれですね)。

そんな頑固じゃなくても守れるのではないの?と言うかもしれません。それが出来る人は器用な人なんでしょ。僕はそれができませんから。というか、出来るように頑張ったこともあったけど、結局できなかったなあ、と学習しましたから。結局ガッツリ自分を守るしかない。寂しいけどそうする以外にない、ということですね。

*4:どんな創作物にせよ、上梓というのは何らかの精神的、肉体的変化というものはあるものです。本人はそのつもりなくとも、外から見れば、そういう微妙な変化は伝わってくるものです。そういうのが傍若無人に見えたりするということではないかなと思う。そういうところまで透けて見えてしまうのがね…。僕が彼を見ていたのは、自分に似てる部分もあったからだと思う。だからこそ、今回の件で「自分も老後にああなるのかと思うと怖い」などという感情がわいたわけで、精神的にもよくないし、離れるしかないな、というのが今回の結論かな。まあ、また気持ちは変わる可能性はあるけど。少なくとも、以前と同じようには見れないでしょうね。。

*5:最終的には「メイン」「横道」という差もなくなればいいと思ってる。

*6:ちょっと僕の常識では考えられないようなことをされたわけです。よくこんなんでプロになったなあと思うような