恋する段差ダンサー

ハイクの投稿をまとめて記事にしていました。

食べられた釧路 その1

 前回こんな記事を書きましてん。

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魚の街である釧路ですが、私は魚介類がほぼダメだったので、食べられる…というか「この街に住んでてよかったー」的な意味での食の恩恵をまったく受けていなかった、ということを書きました。

さて。
実は唯一の例外があります。それは「寿司」です!

北海道弁では「なまずし」と言いますね。魚介類嫌いな私でも唯一!「美味しい美味しい」と食べたものが「寿司」だったのです。

その理由。
実際に美味しかったということもありますが*1、実は父親との「唯一の楽しい思い出」と関係が深いのでした。

私の父とは。 

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こんな人物です。
他にもこのブログで父に関するDV記事をいくつか書いてるけど、まあそんな最低の父ですわ。しかし、そんな父でも唯一「私が好きだった」父というのがあります。それは真夜中に酔って帰宅したときに「寿司折り」を持っていたときです。
そういうときでも母は烈火のごとく怒り「どこの飲み屋の女に買ってもらったんだー!」とか「そんな飲み屋街の不潔な寿司なんか食えるかー」「その金はどこで調達したんだー!?」などと罵倒しまくってたんですが、不思議に、酔って帰宅するときの父は普段とまったく違い、朗らかで私には優しかったのです。

寿司折を広げ、私に「美味しいから食え」と言い、私が食べている様子を微笑ましく見ている父。普段の鬼のようなDVモラハラ野郎とはまったく違うのです。そういう父を見ていると、一体どっちの父が本当の父なのかわからなくなります。
その後も機嫌がよいと、幼少から参加してたという合唱団仕込みの美声で、イタリア歌曲やら昭和の古い流行歌やらを披露します。*夜中の2時くらいですw

そうして満足すると彼は床に入り、翌朝、酔いから覚めるといつものDVモラハラ野郎に戻っているのでした。

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そんな経緯から、今でもスーパーなどで寿司を買ってしまうことがあります。
幸せな気分ですねw

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よく怒られるんですけど、わたし、付いていた醤油を直接ネタにかけてしまいます。これめんどくさいというのもあるんやけど、父の寿司折を食べるときに「直接しょうゆをかけて食べるのがすごい美味しかった」という「楽しい記憶」から、いまでも直接ぶっかけてしまうのですね。コメに染み込んで美味しいですw*2


★前回と同じく、今回のインスパイア元。
北海道には、丸餅がない? 雑煮もない? - 日本の最東端で暮らしています

前回言及させていただいたあと、1月の私のライブのときに、こちらの記事のことをMCで出させていただき、地域による「角餅と丸餅の違い」について語りました(私のお客さんに九州出身者が多いため)。ありがとうございました!


★続き!

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*1:魚は、煮たり焼いたりすると強烈に魚臭くなり、それが食べられなかった一番大きな理由

*2:よく「刺し身とどう違うのか?」と訊かれるんだけど、寿司は酢飯に載ってるでしょ?この酢飯と刺し身の絶妙なハーモニーが素晴らしいわけです。刺し身とはぜんぜん違います

釧路を食べられなかった私。

★ Past

こないだ長崎出身者と「故郷」について話してて、私が故郷を全然好きになれないのは食べ物のせいもある、という話になったのよ。
言うまでもなく釧路は漁業街なんだけど、私成人するまで(寿司以外の)魚介類とかほんと食べられなくて、だから有り難みも何もないんだって話をして、ちなみにどんな産物があるかというと「厚岸産の巨大な牡蠣」とか「数の子」「いくら」「カニ」「鮭」「巨大ほっけ」「鮭とば」「貝柱」「こまい」とかたくさんあるけど、どれも一切食べられない!と言ったら「実にもったいない!笑」となったわけです*1

前に書いたんだけど、故郷の連中で東京や大阪に住んでる人々が知り合いに多く、FBで繋がったりしてるんだけど、どの方々もほぼ例外なく日々「故郷を懐かしんで」おり、暇さえあれば「故郷料理」を出す店などに通って飲み食いしてるという「釧路充」ぷりを披露されてゲンナリしとるんですけども、私は故郷が恋しいとか一切ないし、いつまでも懐かしんでてもしょうがないじゃないかって思うんだけど、すごい不思議で、未だによくわからない。

そんでね、ちょうど最近、その「故郷を偲ぶ宴」写真がアップされてたので借りてきてみました。

以下がその模様ですが。
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はい。
真ん中の白い刺し身以外(たぶん)私全部食べられません。
こんなの飲み会で出されたら泣くw
(ちなみに私きゅうりも食べられない)

 

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これもなにかの叩きでしょうか。
素材の味が消されてたら、食べることは出来るかも。


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なんだかわからない。怖いw


というわけで、ああやっぱり私、食べられないわ。
ってなりました。

あとこれ見て思ったのは「これ全部おっさんとか老人の食べ物やろ」と。というのは、私が子供の頃に、親とかじいちゃんとかが、こういうの喜んで食べてたからですね。そんな年寄りくさいモノばかり食べてるんじゃねえ!って思った。なかなかすごい偏見ですね。そんな私ですもん、故郷で食べるものなんかないし、ありがたみもないし、だから懐かしくないし、戻ってまた住みたいとか思うわけがない。ということだったんやね。


★ Now

さて。ところがですね。
最近別件で故郷の、若い人々と知り合う機会があって、今の若い…と言ってもアラフォーまで含んでそれ以前くらいの世代ですけども、その人達と話すと、釧路についてあまり偏った印象がないことに気付かされます。漁業も炭鉱とかも、もう最盛期なんかとっくに過ぎてて、若者世代は「釧路がそんな街だった」ことを知らないんですね。

実は先日、そんな彼らにお呼ばれして手料理をごちそうになる機会がありました。郷土にちなんだ料理で楽しみにされてください、などと言われたので「やば…。また食えないモノ祭りだったらどうしよう…」などと内心恐怖しておったわけですが、いざ出されてみますと、これがどれも口に合って美味しくてですね。


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これはカレイのフリッター?てんぷら?
塩味が効いて食感が穴子っぽく実に美味しかった。
カレイと言えば煮付け(嫌いだったw)しか知らなかった私。
かなりのカルチャーショック。こんなアレンジが出来るの!?と思ったよね。


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これはイワシを揚げたもの。これも美味しくてびっくり!
イワシっていうと私なんか水族館のアザラシの餌しか知らなかったからw
こんなに美味しいんだ??と驚いた逸品。


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これは先程のカレイ、骨を唐揚げにしたもの。
鰻なんかでもよくあるけど、美味しくてビールのつまみにピッタリ。


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そしてこれは「ド定番」ざんぎタレ、略してザンタレですね。
北海道特有の「鳥から」です。もちろん美味しい。


というわけで、こういった品々を提供されて、故郷料理に対するイメージがずいぶん変わりました。見ていただいて気づいたと思いますが、これらの特徴は「全部なにかしらの加工がされている」です。素材ままの提供が一つもありませんね。食べやすいようにうまく処理されている。釧路みたいに、素材が新鮮で加工するなんてもったいない!というような土地でも、今の時代はもう、こんな料理がちゃんと食べられていたんです。

ちなみに、これらをすべて料理してくれた人は「実家が魚屋さん」です。つまり「釧路の魚の新鮮さ美味しさを一番よく知ってる」人であります。そんな人が、こうして美味しく調理されたものを提供するというのは、私が子供の頃には考えられなかったセンスだなあと思いました。

こないだの門司港の記事でも書きましたが*2、街の中心地が賑わっていた昔を懐かしんで、あれがよかった、あれをもう一度!などと言い続けるばかりで進歩のない人々がいるいっぽう、若い世代はこうして、自分の好みに合うよう素材をどんどん変えていきます。こういう部分に、私は少しだけ希望を感じますね。門司港の記事で「レトロなんか要らんわ」と言った意味は、こういうことでもあったのです。


★今回インスパイアされた記事があります。

北海道には、丸餅がない? 雑煮もない? - 日本の最東端で暮らしています

この方は九州から根室に越してこられたようです。長崎に移住していた私と正反対のことをされたんですね。でも意外に多いんです。私は釧路で、移住されてた佐賀と北九州の音楽関係者に会いましたし、また逆に長崎で釧路の人と会いました(2名)。前に私は「自分は西日本に向いてる気がした」と言ったのですが、東端と西端で全く違うようでありながら、実は共通性もたくさんあります(鳥をかしわと呼んだり筑前煮があったり)。そもそも北海道は移住民の土地で、例えば釧路なんか佐賀県からの入植者が多かったそうですね。その人々が自分の郷里の味付けを持ち込んでも不思議ではないです。

それから上記ブログを拝見して思ったのですが、私が子供の頃と違い、今の北海道の美味しいものというと、圧倒的に「スイーツ」が多いんですよ。九州でやる「北海道物産展」なんかでもそうです。スイーツに大行列が出来ます。昔は千秋庵くらいしかなかったけど、今はたくさんスイーツがあります。そら楽しいやろねw そう思いました。ありがとうございました。



★故郷関連(以下からシリーズでリンクを辿れます) 

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*1:ホッケだけはいま食べる。上京後に居酒屋で食べて美味しくてびっくりした。という話を過去のブログのどこかで書いてるはず

*2:門司港レトロ

ブラック高校時代を下町で上書きした話。

3年くらい前、ココで高校時代のブラック吹奏楽部の「嫌な嫌な」思い出を「散々散々」書き連ねましたが、上京以降についての吹奏楽活動にはそれほど悪感情はないです。それは(過去記事でもちょっと書きましたが)下町の吹奏楽活動に参加して、高校時代のブラック歴史を上書きできたからです。
むしろ、今考えると「上書きするために」それらに参加してたと言ってもいいんじゃないかと思いましたね。

高校時代の部活に関しては、今でも時々夢に見てはうなされて起きたりします。それくらい黒歴史だったし忌まわしい思い出だった。
いっぱしの批評家気取りの部活連中、そして耐えがたい上級生からのパワハラ、時にはリンチ、女子先輩から可愛がられた私に対するやっかみの嫌がらせ、自分が上手くならないのを努力不足才能不足と認めず、宗教に縋りそれを部活内で布教する連中。ろくなことはなかった。
ただまあ、そういった風に「私以外の人々」がそんなだったおかげで、部活内では逆張りのマイノリティだった私も、やがて後輩から慕われるようになったわけなので、悪くもなかったのかもしれないが、その経験は「決して主流派にはなれない自分」というトラウマとして長年引きずっていく。

下町活動は、この記事「「コロッケ町のぼく」から「多摩川」へ。」で書いたように、ある種の郷愁でもあった。北海道では「絶対に」ありえないゼロメートル地帯や、荒川江戸川といった雄大な都会の川べり、そして江戸弁が気風のいい気さくな仲間。もちろん少しは人間関係のもつれもあったが、だいたいはみんな趣味でやってる活動、揉めてもたかが知れてる。それに人材が豊富なので、人間関係がうまくいかなくても、すぐに別団体が見つかり代替可能だったりするのだった。その気楽さ。

おもしろいのは、そういった人間関係のおかげで開放的になり、技術も上達した自分が、その気風を高校部活の後輩たちに逆輸入したことである。なので、卒業後の私の評価は高校部活の中でどんどん上がっていった。現役時代とは真反対になってしまったのだな*1
それはちょうど現在「昭和な風習」が忌み嫌われて、新しい考え方が支持されてるのと似ている。古いままの人は老害と呼ばれ居場所がなくなっていく。思えば、私は高校卒業後の部活で、それとそっくりな経験を済ませてしまっていた、ということだったのだ。

そして卒業10年くらい経った頃、その後輩の中から私のファンだという女子二人が登場し、故郷でのディナーショーや銀座ライブのときに花束を持ってきてくれるという。ここまでリベンジできたら、もう満足でいいのではないか、と思ったな。

まあしかし、それでも当時の恨みは決して忘れませんからね。
という確認のために、この文を書いておきますw

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*1:前も書いたが、私達の部活は卒業後のOBが多数訪問する伝統があった