恋する段差ダンサー

ハイクの投稿をまとめて記事にしていました。

キラキラしている私

むかし後輩女子からいきなり「きらきらしい人は苦手です」と言われたことがあります。どうやら私は「きらきら」してるらしいのです。

先輩女子からは「かわいいー」としょっちゅう言われていました。同年代とかからは「悩みなさそうでいいよね」が、もう当然のデフォルト表現として喰らいます。
そんな自分の様子を見て、部活の先輩男子とかが絶対に絡んでくる。「お前いい気になんなよ」「可愛がられてるからって調子にのんなよ」攻撃を喰らいます。「いい気」にもなってないし「調子に乗って」もいませんが、そう見られます。
こうして私は「ホモ・ソーシャルから常に排除」されていました。排除されてたら居場所がないですから、可愛がられてる女子の集団と親しくなりますわ。そうするとますます「あいつは女とデレデレしやがって」と来る。まあ何をやっても気に食わないらしいです。

私はココでずっと「業界ミソジニー」のことを書いてました。そして業界というのは多分に「ホモ・ソーシャル」の世界であるとも書きました。ですが自分がいくらそう訴えても、実際の業界を知らない人にはピンとこないのかもしれません。

以前、私のライブを初めて見た人から「こんなにキラキラするライブをしてるんなら、そりゃあ業界のホモ・ソーシャルみたいなオッサンどもとは合うわけがないと明確にわかった」と言われたことがあります。それくらい、私の立ち位置や存在は、「同年代」そして「おっさん」としては「異端」だということなのでしょうね。


先日たまたま以下のような発言を読みました。
b.hatena.ne.jp

以前、私はココで「業界の中でいわゆる一発屋とされる人たちの中には、驕ったり才能が枯れた人も居るだろうが、それ以上に業界ホモ・ソーシャルみたいな社会に馴染めず去っていった人が多いのではないか」と書いたことがあります*1

私も、あまり事情を知らない昔には「いわゆる一発屋さん」を「しょせん続かなかっただけ」みたいにバカにしてたところがありました。しかし今こうして、業界の事情などを詳しく知ってしまうと、「あんな人々*2」が大きな顔をしてるような、そんな人々のルールがまかり通っているような世界に「合わなかった」人たちもたくさん居たに違いない、と思うようになったのです。
実際、上記脚注の「5キロ先の崖」記事を読んで「自分もそういう世界が居たたまれなくてメジャー契約をやめた」とツイッターで反応してくれたアーティストさんがいました。
そうなのです。続かなかった、続けられなかったのは「自分の根性がなかった」「才能がなかった」というだけではないんです。「音楽ホモ・ソーシャルという狭い世界のルール」に馴染めなかった、納得がいかなかった人たちがたくさん居るということです。

ビートルズジョージ・ハリスンメンバーの面白い発言があります。「自分は非常に嫌なやつだよ。なんと言ってもあのビートルズのメンバーが務まったのだからね」。これはまさに的確です。


話は戻りますが、私はよく自分のことを「純粋培養」と表現してます。過去の私のブログ記事を探せば、この表現が何度も出てくるはずです。今思うと、この「純粋培養」というのは、すなわち「きらきらしている」ということなのではないでしょうか。
自分が「きらきらしている」ことについて、果たしていいことなのかどうか、自分ではわかりません。しかし、こうしか生きられません。

そして、そういう自分だからこそ、ミルクを始め、いろんなああいう作品群を産めるのだと考えると、「きらきらしている」のも自分の立派なアイデンティティだし、タレント性なのであろうと思います。これこそが自分の「アーティストとしての個性」なのだろうということです。

当時私のことを「きらきらしい」「ナヨってる」などと揶揄した皆様。今のこの私の活躍を見てどう思いますか?それでも「ケッ」と思うでしょうか。
まあ私のことは構いません。でも、そういうこと言うの、今後はもう他の人には辞めてあげてくださいね。アナタの一言で辞めていった人がきっとたくさんいます。そうした成れの果てが今の業界の実態なのかもしれません。


☆ミ

小2のときに買ってもらった「クリスマスツリーのセット」が実家の屋根裏に残っていました(写真)。私の「キラキラ」の元祖がたぶんこれですね。クリスマスだけが楽しかった当時。だから今も、クリスマスだけは特別な思いがあるんだな。
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☆ミ 関連 

karamandarine.hatenadiary.jp