恋する段差ダンサー

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新宿ベルク騒動に見る「スマートなアラ還しぐさ」

9月10日に始まった「新宿ベルク」騒動。本日10月17日現在でもまだ続いています。どこまで引っ張るのか。本当にスゴイ。
客観的にリアルタイムでこの話題を追ってた自分としては、以下のまとめが最も「真実に近い」と考えます。*1
togetter.com

まずコレに関しては「ベルク店長、まじで何かの病気疑ったほうがいいのでは」と心配したのですが、「あの世代の頑固おっさん」はみんな「あんな感じ」かも知らん、とも思いまして。つまり、アレが別におかしいわけではなく、あの世代の「ある種のタイプの人」のデフォルトがあんな感じに過ぎないだけではないか、と思ったのです*2

個人的に「新宿ベルク」を知ったのは「ルミネ退去騒動」なのですが、その時の「店長・井野氏」の活動が「往年の運動」っぽかったので「ああこれは筋金入り左派おじさんやろな」とボンヤリ想像しました。
その後、彼が起こした事件としては「ジョン・レノンの有名アピール文章に、勝手に一文付け足して店の前に飾り炎上」というのがあります。

ジョンレノンについては、自分がかつてこんな記事を書きました。

説教ロックとビートルズ・ハラスメント

ココにも繋がるんですけど、あの世代って「歳を取っても尖ってなきゃ!それがロックだ」みたいなエセ価値観に縛られてて、それがイコール無礼講とか「ネットで毒を吐く」「自分の意志は曲げない」みたいなことだと勘違いしてるフシがあるのですね。
だからこそ、上記ブログ内に出てくる「ジョンだったらこう言うに違いない」とかいうおバカな発言に繋がるし、井野店長のように、レノンの標語を勝手に改変して「許されると思って」店の前に貼ったりとかする*3

もう一つコレに関連して、彼らは「自分らが女性を大切にしてるアピール」として、自分の配偶者や知己の女性を前面に立たせるという特徴があります。
井野氏が騒動の途中から「フェミニストカフェ」を標榜し、女性のためのカフェであるアピを始めたのは知られるとおりですが、これは彼らの世代に共通する「典型的」かつ「古典的」日本ミソジニーしぐさです。
コレに関しては、例えばレノンやマッカートニーが「うちのカミさん(ポール初来日MC)」を引っ張り出して一緒に活動した、という「判ってない人にとっては悪い前例」を示してしまったという問題があります。その悪い影響が「その世代の」連中に広まってしまい、例えばベルク店長の「カミさん」迫川氏が副店長で、しかも「謝らなくてもよかった」と言われただの、店の運営は彼女を始めとした女子たちが中心だの、そういう表明がほんとクソで、九州でもないのに「まんま九州男児」みたいだし、なんかもういろいろと「目も当てられない状況」になってしまったわけです。そんな輩に無闇に好かれるレノンが不憫でならない。

結局「思考の行動範囲*4」が狭すぎるんですよね。ネット世代の標準について行けず「遅れたまま」なんだと思います。だから今回の被害者「fさん*5」の怒りが「どこにあるのかも理解できない」わけ。ベルク派の人々の態度は、被害者にとってだけではなく「真面目な」運動家にとってもイメージダウン甚だしく風評被害だよなと思います。本当に「同世代」や「先輩」がこんなですいません…という気持ちです。今。


★全能感に支配された人

井野店長の「ああいう難癖の付け方」って、どこかで見たことないですか?昔のドラマや映画によく出てくる感じ、そう「典型的なヤクザさんの因縁」なんですよね。「ゴルァァ、ワシラの悪口いま言うたな?土下座しろや」みたいな感じに見えるでしょ?
前述のとおり、彼はどちらかと言えば新しい思想の「左派寄り運動派」のほうに属するタイプだと思われます。しかし、そうやって「自分は新しいつもり」でも「いざとなれば」こうなる。それが彼らの世代の「デフォルトしぐさ」なのです*6

ココで興味深いものをご紹介しましょう。

井野碩哉のアルバム of 写真とベルクのあいだで03

コレはベルク店長「井野氏」の祖父とされる人物についてのまとめです。これによりますと、井野氏の祖父は東条英機内閣で農林大臣を努めた人物であり、後に新宿の駅ビル「マイシティ」を作った人物である、ということです。その後「マイシティ」は JRのものになり、名前が変わって今の「ルミネエスト」となります。新宿ベルクはそこにあるお店です。つまり井野氏は「祖父のビル」内にお店を構えてるわけですね。
他人の「育ち」について、よく知らない私が語る権利もないですが、こういった出自から想像すると、どちらかといえば「エスタブリッシュメント」側に属する人種ではなかったのか、と考えるのは極めて自然ですし、基本として「全能感」が備わっていると考えられます。
これも、あれら「アラ還世代」の知識層によくあった仕草でして、結局なんらかの「運動」に勤しんでる層は「経済的に余裕がある人々」であるということなんですね。彼らの若い時代は「日本は貧乏」でしたから、こういう思想や運動に触れられるのは、本当に一部の上流階級だったのですね。
私はこれを「サブカル隠れマッチョ」と呼んでいます。先進的思想で新しい日本!みたいに日頃は言っていても、何かのきっかけ、例えば今回の「fさんとベルク騒動」みたいなことが起こり自分が窮してくると、こういう「元々の根っこの思想」によって馬脚を現してしまうわけです。また「全能感」に支配されているため、こういう際の対処として「速やかに詫びる」という選択肢が本人の中にありません。こうしてズルズルと1ヶ月以上も醜態を続けるのは、そもそものデフォルトとして彼らにそういう機能が備わっていないからだと考えます*7

本題からちょっと外れる話題ですが、この流れの中で「井野店長」がいきなり、自分の「女性に対する性感情」を連続ツイートする、ということがありました。この唐突な「女体好きカミングアウト」発言から、実は「モテたいからフェミぶってる」という本音が現れてしまったのですね。「フェミニストカフェ」を標榜するカフェにとっては、店長によるこれは「手痛い失点」となったはずです。前述のように「前面に女性を立たせておけばいい的な九州ミソジニー」的な考えが暴露されてしまったからです*8
この店長の「好み」そのものはまったく否定しません。なんなら私だって「女体好き」でもあります。前に書いたとおり私自身「中2〜成人くらい」まではそんな感じでしたし、他の同年代連中だって似たようなものだったでしょうね。しかしそれをですね、「還暦に近い年齢の人」が「あんな稚拙な表現で表明すること」は明らかに違うのです。例えばその後の私みたいな「真摯にエロを愛したい」と思う方向に「行かなかった」井野店長の「世代的限界」を感じます。彼のああいった表明は、同世代の「エロを真摯に愛する人々」にまで風評被害が及ぶので「本当に勘弁してください」って正直思いますね。ともかく。「エロは聖域」ってこと判ってない人が多すぎるのです。それが「ダサ・ホモソ」だって言ってる。いい加減にしてほしい。と。


高橋健太郎氏の参戦。

高橋健太郎氏まで参加して、いよいよ「5キロ先の崖(→ 「5キロ先の崖」扱いされた私たち)」オールスターズの様相を呈してきましたが、なんなんですかね?これ。そうやって個人よりも「運動」を優先する人々って、自分が矛盾してるって気づかないんですかね。すごいなあ。
私は上記の「5キロ先」案件以来、高橋健太郎氏の発言などを追うのをやめたので、現在の彼がどうなっているのか、まったく知りませんでしたが、今回の件で久々に言動などを見ますと、「なおいっそう劣化が激しく」ひどい有様になっていて、目を疑いました。これが本当に音楽関係の優れた著作を持つ人物なのでしょうか。偏向、そして陰湿、そして屁理屈(としか見えない)を次々繰り出し粘着的に相手に絡む。これは「5キロ先」に於ける「北村紗衣」さんに対する「ウザ絡み」とまったく同じです。
個人的な意見ですが、これはディベート術」の濫用だと思うのですよね。こんなことのために「その術」を使うのは、実にプアであると自分は考えます。彼の中では整合性が取れており、一切の矛盾などないと思っているのでしょうけど、その考えそのものが間違いです。これも「神から与えられた才能の無駄使い」でしょうね。能力があるからといって、それで好き放題していいというわけではありません。それこそ「出来損ないの魔法使い」に過ぎません。
そもそも彼はこの問題に関係あるのでしょうか?何にでも一丁噛してきて、さも識者であるかのように「客観的かつ論理的にジャッジ」しているように「見せて」いますが、実際はそうではありません。前にも書いたように「彼の中では結論が決まっており」他者にどのように言われようとも、その意見は決して変えません*9
私は今回の彼の態度が「心から気持ち悪い」と感じ、彼の主宰するレーベル(脚注→*10)「OTOTOY」から「自分に関係する全作品を引き上げる」という交渉を配信代行業者さんとの間で開始したところです。あんな人がプロデューサーを務めるような配信サイトになど、気持ち悪くて自分の作品は置けませんのでね。
あんな人、同じ業界でも何でもない、無関係だし今後かかわることもないだろうけど(私が避ける)、彼の野蛮な気質が今回の件でいっそう燻り出されて証明されたのはヨイことだったなと思いましたね。


★スマートに蹂躙

以前こんな記事を書きました。

サブカルの闇と「エロ隠し」

この記事に出てくる「尖った先輩たち」という人たちなんですが、実は今回の記事に登場する「アラ還しぐさ」新宿ベルク店長や高橋健太郎氏と「ほぼ同世代」なんですよね。

今回の「高橋健太郎氏参戦」でわかったのは、あの世代のああいう人たちって、本当に「ナチュラルにああいう考え方」なんだ…ということです。
いくら自分たちは「弱者に理解ある進んだ思想の持ち主」だと思ってても、実にスマートに「ああいう蹂躙」をやらかす。これが「アラ還しぐさ」なのです。本人にそのつもりはまったくないんです。「こういう態度が普通」だから、ごく普通の態度として表に現れるわけです。
だからあの人らが「人権云々」などと言ってても、どうも白々しいのは、そういう根っこの「権威主義的な思想」が見えるからなんですよね。
そう、以前に語った「私の父」みたいなものですね。父も「労働組合委員長」やるような人だったが、家庭では無茶苦茶モラハラDV野郎で「いったいどの面で人権がどうのとか言えるんだい??」みたいに思ってたわけですが、今回の彼らの態度や言動も、似たものを彷彿とさせます。

まあわからないですけどね。「運動家」というものは得てして「そういうもの」なのかも知れませんし。例えば 70年代の「ウーマンリブ女子」だって、そんなような人だったのかも知れない。
矢面に進んで立つフロントマンに「人格者たれ」とまでは思わないが、結局おまえらもビッグブラザーじゃねえのか?と。信用なんかしないと思うだけですよね。

これに関しては「周りが弱すぎる」という大きな問題もあります。東日本大震災と福島のときに顕著になったのですけど、本当に芸術関係者の「論理的な弱さ」は、日本におけるカルチャーの最大の弱点だと思います。本来なら「高橋健太郎氏」レベルやそれ以上の論客が「アート界隈」にもっと居なければなりません。しかし育たなかったのですね。これは教育の敗北な気がします(意図的かも)。
まあともかく、こういう周りの弱さが「高橋健太郎氏」程度の人に「独走」を許しているのです。というよりは「進んで信仰している」気配すらあります。
私はその傾向を以前「歪んだ父性である」と表現しました。高橋健太郎氏のような「何事もそれらしく断言してくれる」人間に、「間近にそういうタイプが少ない」芸術系の人々は心酔してしまうのです*11
そういう「大きな人間に心酔してしまう」タイプの同業者が居る限り、この手の自称論客に「ご意見番」ヅラさせてしまう現象は起こり続けます*12
そういう隙を縫って、高橋健太郎氏みたいな人も「ご意見番」的立場になったのですから。そういう「力」に、新宿ベルク「井野店長」のようなタイプも集まってくるわけです。店長について言えば前述のような出自ですから「そら権威でしょう」みたいな人なわけで。「権威」と「ご意見番」が組んだのでは、そら周りは何も言えなくなるでしょう。これこそ「万能の車」なのです。そしてそれに集合してくるのが「業界互助会」ということなのですね。ほんと気持ち悪いです。

まあつまりアレです。音楽家の人とかみんな「もっと賢くなってほしい」なあ、と。あんな程度の人間に仕切られて丸め込まれてしまうなんて、弱すぎるホント。


★同じものを見ていたはずなのに違った未来だった

以前このような記事を書きましたね。karamandarine.hatenadiary.jp

欧米のドラマで自分の意識が変わった、という内容ですが、同時期に私、ビートルズから「オノヨーコ氏」の存在を知り、実はこの影響も自分にとってかなり大きいと感じています。
レノン&オノというと真っ先にやっぱり「愛と平和」というのが思い浮かぶイメージなのですが、私にとっては、それよりも なんと言っても「ウーマンパワー」の人でして、今でも彼らの「女は世界の奴隷か(Woman Is the Nigger of the World)」という曲は、自分にとってバイブル的なものでもあります*13。それらがなければ(愛と平和の主張だけだったら)自分的には、ココまで「レノン推し」ではないと思う。
あくまで自分の中で「あの二人は」マイノリティの開放を主軸に活動してた人たちという位置づけです。

今回の騒動の中心にいる新宿ベルクの井野店長などといった人々も、多分に彼らの影響下にあると思うのですが、そこから45年も経って、ここまで考えが異なってしまったのは、無念さというか無力感というか、なんとも言えない悲しみを感じますね。

私は同じ轍を踏まないよう、今後も気をつけてしっかり生きていきたいと思います。

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*1:10月18日追記。fさん御本人によるマトメができました。→ ftheminion.hatenablog.com

*2:ネット上の人物考察に関して「実際の彼はいい人」などという言説がよくありますが私はこれを考慮しません。ネットに現れている人格もまた「その人」だと思うからです。

*3:そう考えると、みんなバカにするけども内田裕也って、それなりにちゃんとしてるんだよ。そもそも樹木希林が「ロックとして」すごすぎて内田なんか足元にも及ばないしな

*4:実際に行動しなくても、脳内で他者の感情や様々な場所を想像できる、共感能力みたいな意味合い

*5:10年ほど前から私はツイッターで彼女と相互フォローだった。今はお互いに外しているので、関係として近いというほどではありません

*6:だから私はあの世代と距離を置く。彼らと接しているとそれが当たり前になってしまうからだ

*7:私思うんだけど「仮に」fさんが「ツイフェミ武闘派」だったとしても「我らがチェス子さんがやられてるぞ!それいけー」なんてスクラム組んで、フェミ集団がベルク派に突撃してるなんて図は「あるわけないだろ?」と思う。みんな「個々に憤ってる」から、こんなにいつまでも炎上してるんですよ。
ベルク派の方は「しばき隊」まで動員してスクラムで反論してるけど「その逆はない」。そういうのを理解できないから、店長側はいつまでも被害者だって言い張るわけです。

*8:関連 →「九州ミソジニー九州で下駄を履かせてもらってた話

*9:個人的には石原慎太郎氏のキャラと被ります

*10:主宰ではないとのこと →  竹中直純 
ですがプロデューサーとして深く関わっていたのは事実ですし「高橋健太郎氏との繋がりが強いサイト」という印象は変わりませんので。
なお私は前身の「レコミュニ」時代から配信している。付き合い長いんだよw

*11:似たような現象は「坂本龍一」氏に対しても起こりがちです

*12:例えばこういうことを言ってたりする音楽家が居たりですね。→ http://twitter.com/zezi_st/status/1051294613254721536

*13:そこから自分的にはそのまま「田嶋陽子氏」に繋がる → 無感情からの開放