恋する段差ダンサー

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好敵手の出現で大いに伸びた話

東京時代の後半、今の僕に多大な影響を与えた友人が登場した時のエピをメモ代わりに書いておこう。

バンドを組みたいと思って下町知人のツテで「とある有名な音楽専門学校」でメンバーを探してもらった。その時にやってきたBassがその彼(R氏)。すごい偏屈なやつで最初は「これは絶対に付き合えない」と思ったね。
しかし音楽の趣味が「プログレ好き」で、そんなメンバーは今まで居なかったので「何か重宝するかも」と思って受け入れることにした。で、メンバー全員そろい、僕のアパートでミーティングしたのですが、そのうちのアパートが「音大生向けの音出し可」の部屋だと知り「これから歌の練習に通うから!」といきなり言うw 「通ってもいいか?」ではなくて「通うからね、よろしく」と勝手に決めてるわけw 僕もびっくりして「は??」と言ったのだが、その態度が妙に面白かったので、まあいいかと思って、別にいいよ、と許可した。

ココで何度も書いてますとおり、それまでの僕は、自分と対等かそれ以上の音感の持ち主に「出会ったことがなかった」の。なので、その彼も「どうせそんな感じだろう」と見くびっていたのです。

で、彼。うちに通い始めて、一体どんなことを始めたのかといいますと「いろんな他人のカバーをピアノで弾き語り練習する」というものだったのですね。楽譜は持ってきてなくて「自分で歌詞とコードを書き込んだノート」を見ながらやっていた。で、彼が練習してる間、僕は何をしてるかというと「何も出来ないw」。なのでただ「ふーん」と思って聞いていたね。

その頃、周りの人だけでなくて、例えば「売ってる歌本なんかのコード」も、ずいぶん手抜きで「そこは違うだろう」というのが結構あり、僕はそういうの信用してなかったのです。だから、その彼のカバー弾き語りも「全く期待してなかった」のだけど、何曲か聴くうちに、どうも「今までのそういうのと感覚が違う」。ひとことで言うと「和音進行がオリジナルに近くしっかりしている」わけ。
で、彼に、そのカバーのノートは何を参考に書いてるのか?と尋ねると、なんと「全部自分で耳コピした」と言うのですよ!!ええええ!?と思って、自分で耳コピしてるのに、こんなにオリジナルに忠実なの???ということは、音感が相当いいということでは??と思って、すごいびっくりしたのね。

そうなんですね。ココで僕は、人生で初めての「自分と同等かそれ以上の音感を持っている人物」に出会ったわけです。

そう言われて、彼の書いたノートを改めて見てみた。難しいコードもあったけど、その書き方が「わかりやすく簡略化」されていて、ジャズとかクラシックにあるような「音符で真っ黒」みたいなものでは全然ないのよ。実にわかりやすい。これはホントに革新的でね、僕はその「彼のコード表記」に、ものすごく影響を受けた。だから今も僕は、その彼の表記をもとにした書き方をしてます。

その後「あんた勝手にウチに来て練習してるんだから、その引き換えに、僕がハモリに参加するのを許可しろ!」と認めさせ、気に入った曲は僕も一緒にハモリに参加することになった。知ってる曲もあったけど、知らない曲もあった。でも僕は昔から、すぐになんでもハモれた「ハモらー」だったので、コードに合わせて勝手にハモリをつけるのは実に楽しかったです。
あまりにクドく全メロディにハモってたりすると「やかましい!」とか言ってきたり、こっちも「うるさい好きにさせないと部屋に入れないぞ!」などと応酬しながら、実に楽しい練習を繰り広げましたな。
時には彼のコピーの解釈が違うこともあり、こっちが「そこはコードが違う!」と指摘もした。「えー?どれどれ…」などと言い、彼も再考し修正「キミも意外に耳がいいではないかw」などと負け惜しみを言ってきたり。こういうのが半年くらいとか続いたんじゃないかなあ。

このとき「ハモラーである私の感覚」もすごく進化したんだよね。それまでの僕は、ハモラーと言っても、メロディラインをざっと聴いた感じの「直感で」ハモリをつけていた。ところが、ちょっと複雑な進行だと「それだと合わない」場合が出てくる。それを、彼は鋭く指摘してきた。「そこは構成音と違うから正しいハモリじゃない!」と容赦なくダメ出ししてくる。そう言われて確認してみると、確かに音がぶつかってたりするんだな。一瞬で通り過ぎれば気がつかないところでもあるんだけど、彼はそういう細かいことにうるさかったので、そういうところは手を抜けなかった。そうしてこっちも、ちゃんと「和製進行に忠実なハモリ」がつけられるように訓練されていったんだな*1

今思うとこれはジョンとポールのようでもあったね。「拮抗した二人」が「お互いに補完し合いつつ高まっていった」わけでね。たぶんお互い、その半年間で、そうとう今までの感覚が磨かれて向上したはず。で、僕は、その頃のノウハウを今もそのまま生かして、音楽活動してるわけだね。

重要なのは、二人の間に一切の遠慮がなかったこと。違うものは「違う」と言ったり、下手なときは「下手だな」と平気で言い合った。それは二人の感覚が同等だから出来るのですよ。
例えば「そこが違う」と指摘して「相手がそれを聞き取れなかったら」どうします?そこで「ちょっと残念な空気」が流れるでしょ?それまでの僕は、そういう相手ばかりと出会って、相手に気を使って「間違いの指摘」が出来なくなっていたの。
子供の頃や若いころって「自分に出来ないことがある」ということを「他人に指摘されてもなかなか認めない」んだよね。逆切れしてきたり。だから、そういうの遠慮して言わないようになってたんだけど、その彼には一切「そういう遠慮がいらなかった」。彼も「ちゃんと分かる人間だという信頼感があったから」です。
だから平気で率直に言い合ったよね。下手くそとか、クソ耳とか、言い合って、やかましわなどと応酬しながら、クソと思って何度もしっかり確認するとか、そういう執念がそこで生まれた。

そういう関係はすごく大事だったんだなあと、今でも思うわけです。

*1:こういった経験が後々になっても、例えば他人のプロデュースをする際のコーラス付とかに活きてきたのよね。相手が適当なハモリを入れようとするとき「そこは違う」というように修正してやれるのは、この時の経験が元になってる。何事も無駄な体験なんかないってことだな。