恋する段差ダンサー

ハイクの「下書き」をまとめて記事にしています。

小さな喜怒哀楽だいじ。

都会経験者は、例えば肥満していく人が、だんだん胃袋が大きくなっていくように、目、耳、感覚というものが「都会のキャパに合わせてどんどん大きく敏感になる」のだろうな。
そうしてそれは Uターンで田舎に戻っても縮むことはない。その「都会に合わせて無駄にスペックが大きくなった」いわば「余ったキャパ」が、田舎で何かに活かせたり、または邪魔になり病んだり、ということになるんやろな。広がらないままでいれば、それでじゅうぶん幸せに生きられたところ、それでは満足できない体になってしまった、と。

いっぽう都会でキャパを広げていくことが負担になる人もいるし、そもそも広がらないのに「無理して広げてる人もいる」だろう。ちょうど無理に体重を増やす力士のように。そういう人は、都会が合わずに「逆に都会のほうで病んでいく」のかもしれない。

結局どこでどう生きるかの見極めが人生を決めると言ってもいいな。


僕は常々「田舎の人は何事も大げさ」で、それが嫌だと子供の頃から思ってたんだけど「田舎は娯楽がないからそうなる」とよく言われるけど、個人的に思うのは、田舎の人って「そもそも喜怒哀楽の袋が小さい」んだと思うのよ。
些細な事ですごいすごいと喜んだり、どうでもいいような事件で人生の大ピンチ、みたいに思うのは、それはそれで幸せかもしれないけどね。それが出来ないから「東京帰りの人は冷めてる」と田舎ではよく言われるね。

そんな地方生活が嫌でスッカリ冷笑的になり、その後の都会生活も相まって、キャパがスッカリ大きくなってしまった僕が、ホテルの時に取り戻したかったのは、実はその「小さな喜怒哀楽」だったんだよな。

つまり「マイルドヤンキーの気持ち」がわからなければ「その人達=国民の大多数」に受け入れられる創作物が作れないと判ったからさ。

だから僕は「あえて」田舎者感覚に戻ることにした。

長崎でマニアック層と合わなかったのもそういう理由だよ。斜に構えて拗らせた田舎の音楽オタクやサブカルは、当時の僕は求めていなかったのだ。

僕は自分に最も欠けていた「小さな喜怒哀楽」を取り戻すことで、クリエイターになっていったのだよね。