恋する段差ダンサー

ハイクの投稿をまとめて記事にしています。

長崎時代に「後期」があった話。

FBでいい点が一つだけあって、それは「過去のこの日」というのがあることである。色んな意見があるかもだけど、僕も「以前は嫌だった」が「今は楽しんでる」気がする。

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ということで今日出てきたのが「学生だけがやってるラジオ番組に出演した」ときのもの。これはネット配信とかコミュニティFM「ではなくて」、ちゃんとした「普通のメジャーなラジオ局*1」で、スタッフからMCから全員が「長崎大学の学生」であるという番組があったのです。

当時僕はあるメディア関係女子の人と知り合って、その彼女からいろんなコネクションを繋げてもらいました。その中に、この番組をやってたディレクターさんがいて、会って間もなく「こういう番組があるので出演してくれないか」とオファーがあったのです。
ところがそのオファーというのが「素人のバンドやアーティストが聴取者の人気投票で勝ち抜いていく」枠に出てくれ!というもの。

最初ビックリしましてね。え…。私に「素人勝ち抜きバンド大会」みたいなコーナーに出ろ?と??
ちょっと最初は意味がわからなくて、逆に感情が湧いてこないw「これって?怒っていいのかな?どうなのかな?」みたいな。それで180度ひっくり返して、そういうのに「この私」が出るのもおもしろいかもしれないよ?と思ってね。

周りはみんな怒ってたねえ。「なんつう番組にオファーするのか」と。繋いでくれたメディア女子の人もびっくりして「そんなコーナーの依頼が来たんですか。非常識ねえ。ちょっと文句言ってやる」とか言ってくれたんやけど、なんかそれが逆に面白くなってきて。それで快諾して出たんですよ*2

その時の対戦相手が、全員「長崎大」の学生女子バンドでして、それがまた「相対性理論」みたいですごくおもしろくて、対戦しながら「今の学生はこんな面白いバンドやってるのか」と感心してたんですね。
でまあ、学生バンドに投票数で敵うわけがない。あっさり負けたけど、なんか「不快さとか悔しさとかあまりない」んですよ。それに「僕にも少し投票と応援」があって嬉しかったし。

で番組終わったあと、みんなといろいろ話したら「今度文化祭でライブする」と言ってて「へえー!じゃあ見に行くわ!」ってことになって、初の学祭に行ったわけ。そこで彼女たちだけでなく、色んなバンドを発見して、私の「インディーズライブ通いがココで始まる」というわけなのですね。

そしてそれがキッカケになり「長崎の音楽はもうダメかと思ってたけど、若者は将来性ある!」と前向きな気分に転換できて、いま思えば自分にとってもすごくよかったのだな。と。

ディレクターさんや学生スタッフのみんなには「ずいぶん感謝」されたね。出る人が居なくて本当に困ってたんだと。で、これをキッカケに、そんな枠ではなく「ちゃんとしたゲストとして」この学生番組に何度も出るようになった。そんでミルクメンバーを連れて行ったり、ミルク曲がテーマ曲になったりしたのよな。

「そんな学生番組じゃなくて、もっとちゃんとしたのに出なよ」と、後からもよく言われたけど「自分はこれでいい」と思った。20代の若者が考えてる事とか言動とかすごく面白かったし、そういえば自分は「長崎では こういう人々 に会ったことなかったなあ」と思って。

このとき既に私、もう長崎に 5年くらい住んでたんだけど、みんな僕のこと知らなくて「こんな人がいたのかと思った」と言われて。
ああそうなんだよな、来て 5年も経つと、居るのが普通になり話題にもならなくなって忘れられてくんだよな…と。そんな閉塞感の中、こうして一気に「自分のコネが学生とか若い人々に広がっていった」のは、すごく自分にとって大きかったと思う*3

当時、「業界ご隠居Uターン組」がポツポツ長崎にも登場し「古い価値観で支配」しようとし始めてた頃。そんな彼らによって「ダサくて古いミニ芸能界」みたいな世界に「街がまた戻っていこうとしつつある」ところ、僕は寸前で「その輪から脱出」することができたのである。

そこからミルクによる私のリベンジが開始されるのやな。

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*1:NBC

*2:当時もう割と自暴自棄で「地に堕ちた自分も面白い」みたいな気分があった

*3:自意識過剰の若手エセ音楽家に振り回され、カウンターとして「古式ゆかしき正しい音楽家」に近づき酷い目に遭い、再び「新鮮でリアルタイムな」音楽に戻ってきたという流れだったのだろうと