恋する段差ダンサー

ハイクの「下書き」をまとめて記事にしています。

正しい音楽 vs 安心感のある歌とは。

友人の大御所氏*1とスタジオ作業のち再び語りつくし。

楽器のプレイも歌も楽曲も「顕れるのは人間性かな」と言っていたのが印象強かった。アレンジャーとして、一時期JPOP界一稼いでた彼も「やはり結論はそうなる」と言っていた。というか「そこに戻るのだ」ということやね。音楽は裏切らない。いい意味でも悪い意味でも。なので結局は「第一印象だ」と。

似た気質の人は集まる、という法則があるが、音楽にもそれがあり、スタッフやメンバーもそうなる。レベルだけでなく「気質が一緒のヒトが同じプロジェクトに参加する」のだ。と。
ミルクのプロジェクトも、集まった人材は「結局そういうこと」なので、結果ああいう 拮抗した人々の総合作品になってる んだと。

僕が長崎で煙たがられたのは理由がある。そういう人選を彼の地で「意図的に」やってたからだ。
ああいうナアナアな土地では、誰もがはっきり言わず、不本意でも仲良くしたりしてる。僕はそれが嫌でそんな空気を変えたかった。なので「共演する相手」と「しない相手」を最初のうちはっきり分けてた。自分が認めない相手には「はっきりと塩対応」した。そうすることで緊張感を常に相手に与え、自分も維持していたのだ。

そういえば、最近タイバンや知り合いの繋がりなどから、いろんな20代女子の音源を聞くが、あらかた聴いたあとに思ったのは、そういう中にあって、やっぱり日向文の音感だけは特別すごい、ということだった。あの実力が、田舎(たしか札幌)での塩対応と緊張感によって育まれたとすると、やっぱりそれは「ここまでとしては正しかった」んだろうと思う。ただし、もう上京したからには、それを続けていく訳にはいかない。もう次のステージなのだ。
そしてそれは僕自身にも言えることだった。もう東京に戻ったからには「正しさのみ」で活動していかなくてもいいのだ、と。

 

★正しさだけではない歌

よく言うのだが、ミルクのKメンバーがすごいのは、求めてるのが「正しさじゃないところ」。そして「頭の中にしっかり全スケールが入ってるところ」だ。

あそこまでの音感のヒトには、長崎では彼女以外で会ったことがなかった。彼女の中に「今まで聞いたあらゆるJPOPのスケールが、がっつりインストール」されており、カラオケを聞いた瞬間、条件反射で全部それが出てくる。

なんというか、上手くなくてもいいのよ。その音感が「100%体現できてなくても」その音感が「伝わってくるだけで聴いてて安心」できる。

ああ、ちゃんと「道を判ってて歩いているなあ」と。

闇雲に歩いてるのではない、ちゃんと道順は知ってる。時々失敗はするけど「道はちゃんと見えてる」ってことがわかるから、安心して任せられる、ということ。

これが以前言ったような体育会系演奏家にはない部分なのだ。彼女らはアンドロイド。だから道は知らない。誰かがプログラムしてくれるからさ。

Kメンバーはアンドロイドじゃない。だからちゃんと「自分で自分を導いていける」。彼女の歌はそういう歌。だからものすごく安心する。
彼女の歌にある安心感。「大丈夫だー」って思うような「身を任せたい!」と思うような感覚は、そこから来てるんだろうな。と思った。

f:id:maicou:20180724190436j:plain*Kメンと私


★安心できる歌

僕が2006年にライブ再開してすぐの頃、鯨女子に「ヒヤヒヤしながら見てた」って言われたことがあるんだよね。お客さんにそういう気持ちにさせるのって(僕としては)ちょっと違うなあと思った。それ以降、安心して聴ける歌、パフォーマンスとはどういうものなんだろうか、ってずっと考え続けてたよ。

ちょうど先週くらい、ツイッターである若いヒトが「昭和の歌手って聴いてって安心感があるのはなんでだろう」とか言ってて。別にその人、その時代のヒトでもないのね。だから懐かしいとかで言ってるわけじゃない、ただ単純に、今のシンガーと比べて安心感がある、と感じたんだろう。

僕は日本の歌手は好きではないが、たとえば、尾崎紀世彦美空ひばりには抜群の安定と安心を感じる。渡辺真知子もそうだね。それは声量とか歌唱力「が理由ではない」と思うんだよね。そういう意味で言ったら、吉田美和だって布施明だって歌唱力はあるでしょ。でもその人らは個人的に、どうも安心が感じられない。

で、いろいろ考えてみて、僕の中で「安心感」というのは「音感」にあるのではないか、と思ったわけ。例えばメロディを崩して「フェイク」唱法というのをするとき、音感が非常に物を言います。その時にスケールというのが必要になるのね。
で、尾崎紀世彦にしろ美空ひばりにしろ「音を外すわけがない」という気がするでしょ。あと重要なのだが「ダサい崩し方を決してしない」というのがある。これは欧米のヴォーカリストはみんなそうね。どんなメタラーのボーカルでさえ、その音感が素晴らしく、どんなに崩しても、声が出なくなっても「ダサいフェイクなんか決してしない」のよ。それは、身体の中にガッツリスケールがインストールされてるからなのね。「道をちゃんと知ってる」ってこと。

そういうことをいろいろ思って、結局、突き詰めれば「安心感」というのは「このヒトにならナヴィを任せて大丈夫」みたいな感覚なんだ、と。そういうようなことを思ったということです。

 

★正しくなければいけないという強迫観念

「上手くなくていい」とか「スペックではない」などと言いながら、ではなんで僕は、あそこまでピッチに拘って必死に練習するんだろうか。

それは「味のある歌」という「逃げ」になりたくなかったから。

上手くないヒトのよくやる「味のある歌」というのは「ちゃんと歌えないからの逃げにすぎない」と僕はずっと思ってて、もちろん素人もそうだけど「プロでもたくさん居る」じゃん。それがダサいフェイクとかになるんでしょ。そういうのを誤魔化しという。
僕は子供の頃からずっとそう思ってきた。「ダサい崩しは誤魔化し」だと。誤魔化してるように見られるのはダメだ、と自分を常に律してきたのよ。分かる人は分かるから。耳のいい人は気づくから、と。
そこに拘ることが「自分の責任」だと思ってるんだよね。少なくとも僕の場合「耳でその能力を持ってるヒト」だから、それをアウトプットでも「ちゃんと提示しなくてはいけない」。
僕と同じレベルのヒトに「ちゃんと本気で向きあわなきゃならない」し、自分より能力が上のヒトに対しては「すんません、これが自分の最上スペックです」と裸にならなきゃいけない
自分の能力を切り売りしていく商売なのよ。そこで誤魔化しやインチキがあってはいけないし、策で目眩ましするということもやってはいけないのよ。
ちゃんと「その時に持ってる実力で勝負」しなきゃならない。だから、その「実力を」必死に磨いてるわけですよね。崩して味にするのはその後でええんよ。

頭のなかで聴こえてるものは「ちゃんとアウトプット出来なくてはいけない」。
頭のなかと実際の表現の「誤差や齟齬をできるだけ少なくしていく」。

これが表現者の最低の義務ではないのかなあと思うのだよね。
それが出来ないと「言うだけ番長」になるの。自分はそれが嫌なので頑張ってるってことですし、表現者として「そういう義務がある」ってことだね。

で、最終的には「味があるけどすごくちゃんとしている」というのが理想型でしょ。目指してるのはそこだから凄くシンプル。難しいけど。

それが出来るようになるまでは「不器用でも裸のほうがいい」ってことです。
誤魔化して何も伝わらないような表現になるよりは。

 

★苦労と試行錯誤の末、自分自身で掴んだノウハウ。

人から教わることが嫌いな僕は自分自身でノウハウを発見した。
それを、それまでは自分のために「だけ」やっていればよかったのに、長崎移住後「他人にそれを要求しなければならなくなった」のね。それはそもそも自分が「そういう役割として移住した」からです。A&Rだしプロデューサだったから。相手を「正しい道に」導く役割。で、やり方としては前に書いたように、それを「君臨して強制」するのではなく「モラハラ的に暗に要求」して圧力をかけたわけ。

それが最終的には「客をも選別する」ことになったし、共演者を明確に区別するということにもなった。そういうことが彼の地で出来たということは、もともとそういうことする素地があったんでしょ。で、そのような流れの中で「正しい道」教の小國氏と出会い「そうですよねー」的に盛り上がって共感して、いっそう厭らしくなっていったのではないかしら。

それは(故郷への)Uターン音楽家が全員辿ってる道ですね。田舎に戻るとみんなそういうふうに「小喧しく」なるの。それは必然の流れなんだな。

前に空手女子のこと書いたけど、それも根っこにあったんだと思うの。「あんなアンドロイドに負けるもんか!」という意識がずっとあって、田舎の人々に「そうでない正しい道」というのを伝えたかった、教えたかった、というのがあった。
だからその役割を長崎で与えられたとき、結構嬉々としてやってた気がするね。
体育会系ではないけども、僕も人に教えるのは好きなんだろう。でも東京ではみんながしっかりしてるし、その必要はなかった。田舎に行ったからこそ「その敏腕」を奮う場ができた、ということさ。

つまり結局、僕も「田舎で都会かぜ振り回す厭らしい野郎」に過ぎなかったとも言える。でも僕は、それは「自分自身を極めるために必要」だと思ってた。僕はそれらの行為を「すべて自分の成長のために」やっていた。
そういう意味では小國氏もユリとかも、僕にとって必要な人達だったということなので、感謝はしてる。だって、もっとひどい人はいくらでもいたんですもんw
そういう意味では、彼女たちは、長崎では数少ない「選ばれた人」ではあったのよ。そしてそういう経験が、ミルクに反映されたということなんだな。

 

★歌手は「メディア」

とか言ってたら、島崎遥香様。さすが塩対応w

blog.livedoor.jp

そういうことやねん。余計なことはせんでよろしい、と。

その代わり「楽曲はよくなきゃいけない」のよ。
ヒトは歌詞と音楽に感動するの。「歌手に感動してるんじゃない」。

ずっと前から僕が言ってるように、歌手というのは「メディア」であり「メッセンジャーなのよ。だから「まずしっかり曲を作り」それを「必要最小限の表現で伝える」こと。そういうこと。
最近、八代亜紀さんも言ってたんだよな。「スルッと歌った歌が一番感動する」んだって。そういうことなの。

 

★長崎はいいところ

話はマトメに入りますが、僕はこれら一連の出来事が「自分の故郷ではなく」、全然関係ない 長崎で起こった というのも、今思うとすごくいいことだったと思うの。まあ、自分の故郷でこういうことになったら「行き場なくなって詰む」というのもあるけど、それよりは、僕が長崎に対してこれだけの塩対応だったのに、それでも「未だに長崎で受け入れてくれる人が居る」というのが 本当にありがたく、それは長崎の土地柄、人柄を物語ってると思うのよ。

北海道なんかじゃ絶対こうはいかん。みんな個人主義だからw

そういう意味じゃ、拗らせた故郷時代の積年の思いが「長崎でいろいろ成就」し「ケリが付いたりした」ということじゃないかしら。90年代に船橋で第2の青春を過ごして気持ちに収まりが付いたのと同じように、2000年代に長崎でいろんな思いがカタチになったということじゃないかなと。

そういえば忘れてたけど「なんであんな、故郷と正反対の長崎まで行ったのか」と最初の頃よく聴かれた時に答えてたんだけど「故郷から最も距離が遠い長崎」に移住するという「この突飛な大作戦」が「自分的にノリノリで面白かった」からって。

いくら故郷が嫌だったからって「そこまで端に逃げなくてもいいだろw」っていうのが、自分的に凄くツボで受けたんだって。海外に派遣されたみたいなもんよ。そういうノリなのよ。それが僕を救ったんだな。だからほんと楽しかった。

こないだも言われたが、未だに古いヒトとかは「長崎はツマラナイでしょう?」などと不満を口にするけど「いやいやそんなことはありませんよ!」と今なら言うなあ。

移住したばかりの頃も、そう言ってたんだよ。
その気持ちは結局いまもかわらないな。

長崎はいいところなんだよ。と。

*1:この10年で制作曲が2度レコード大賞を採った