恋する段差ダンサー

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新宿ベルク騒動に見る「スマートなアラ還しぐさ」

9月10日に始まった「新宿ベルク」騒動。本日10月17日現在でもまだ続いています。どこまで引っ張るのか。本当にスゴイ。
客観的にリアルタイムでこの話題を追ってた自分としては、以下のまとめが最も「真実に近い」と考えます。*1
togetter.com

まずコレに関しては「ベルク店長、まじで何かの病気疑ったほうがいいのでは」と心配したのですが、「あの世代の頑固おっさん」はみんな「あんな感じ」かも知らん、とも思いまして。つまり、アレが別におかしいわけではなく、あの世代の「ある種のタイプの人」のデフォルトがあんな感じに過ぎないだけではないか、と思ったのです*2

個人的に「新宿ベルク」を知ったのは「ルミネ退去騒動」なのですが、その時の「店長・井野氏」の活動が「往年の運動」っぽかったので「ああこれは筋金入り左派おじさんやろな」とボンヤリ想像しました。
その後、彼が起こした事件としては「ジョン・レノンの有名アピール文章に、勝手に一文付け足して店の前に飾り炎上」というのがあります。

ジョンレノンについては、自分がかつてこんな記事を書きました。

説教ロックとビートルズ・ハラスメント

ココにも繋がるんですけど、あの世代って「歳を取っても尖ってなきゃ!それがロックだ」みたいなエセ価値観に縛られてて、それがイコール無礼講とか「ネットで毒を吐く」「自分の意志は曲げない」みたいなことだと勘違いしてるフシがあるのですね。
だからこそ、上記ブログ内に出てくる「ジョンだったらこう言うに違いない」とかいうおバカな発言に繋がるし、井野店長のように、レノンの標語を勝手に改変して「許されると思って」店の前に貼ったりとかする*3

もう一つコレに関連して、彼らは「自分らが女性を大切にしてるアピール」として、自分の配偶者や知己の女性を前面に立たせるという特徴があります。
井野氏が騒動の途中から「フェミニストカフェ」を標榜し、女性のためのカフェであるアピを始めたのは知られるとおりですが、これは彼らの世代に共通する「典型的」かつ「古典的」日本ミソジニーしぐさです。
コレに関しては、例えばレノンやマッカートニーが「うちのカミさん(ポール初来日MC)」を引っ張り出して一緒に活動した、という「判ってない人にとっては悪い前例」を示してしまったという問題があります。その悪い影響が「その世代の」連中に広まってしまい、例えばベルク店長の「カミさん」迫川氏が副店長で、しかも「謝らなくてもよかった」と言われただの、店の運営は彼女を始めとした女子たちが中心だの、そういう表明がほんとクソで、九州でもないのに「まんま九州男児」みたいだし、なんかもういろいろと「目も当てられない状況」になってしまったわけです。そんな輩に無闇に好かれるレノンが不憫でならない。

結局「思考の行動範囲*4」が狭すぎるんですよね。ネット世代の標準について行けず「遅れたまま」なんだと思います。だから今回の被害者「fさん*5」の怒りが「どこにあるのかも理解できない」わけ。ベルク派の人々の態度は、被害者にとってだけではなく「真面目な」運動家にとってもイメージダウン甚だしく風評被害だよなと思います。本当に「同世代」や「先輩」がこんなですいません…という気持ちです。今。


★全能感に支配された人

井野店長の「ああいう難癖の付け方」って、どこかで見たことないですか?昔のドラマや映画によく出てくる感じ、そう「典型的なヤクザさんの因縁」なんですよね。「ゴルァァ、ワシラの悪口いま言うたな?土下座しろや」みたいな感じに見えるでしょ?
前述のとおり、彼はどちらかと言えば新しい思想の「左派寄り運動派」のほうに属するタイプだと思われます。しかし、そうやって「自分は新しいつもり」でも「いざとなれば」こうなる。それが彼らの世代の「デフォルトしぐさ」なのです*6

ココで興味深いものをご紹介しましょう。

井野碩哉のアルバム of 写真とベルクのあいだで03

コレはベルク店長「井野氏」の祖父とされる人物についてのまとめです。これによりますと、井野氏の祖父は東条英機内閣で農林大臣を努めた人物であり、後に新宿の駅ビル「マイシティ」を作った人物である、ということです。その後「マイシティ」は JRのものになり、名前が変わって今の「ルミネエスト」となります。新宿ベルクはそこにあるお店です。つまり井野氏は「祖父のビル」内にお店を構えてるわけですね。
他人の「育ち」について、よく知らない私が語る権利もないですが、こういった出自から想像すると、どちらかといえば「エスタブリッシュメント」側に属する人種ではなかったのか、と考えるのは極めて自然ですし、基本として「全能感」が備わっていると考えられます。
これも、あれら「アラ還世代」の知識層によくあった仕草でして、結局なんらかの「運動」に勤しんでる層は「経済的に余裕がある人々」であるということなんですね。彼らの若い時代は「日本は貧乏」でしたから、こういう思想や運動に触れられるのは、本当に一部の上流階級だったのですね。
私はこれを「サブカル隠れマッチョ」と呼んでいます。先進的思想で新しい日本!みたいに日頃は言っていても、何かのきっかけ、例えば今回の「fさんとベルク騒動」みたいなことが起こり自分が窮してくると、こういう「元々の根っこの思想」によって馬脚を現してしまうわけです。また「全能感」に支配されているため、こういう際の対処として「速やかに詫びる」という選択肢が本人の中にありません。こうしてズルズルと1ヶ月以上も醜態を続けるのは、そもそものデフォルトとして彼らにそういう機能が備わっていないからだと考えます*7

本題からちょっと外れる話題ですが、この流れの中で「井野店長」がいきなり、自分の「女性に対する性感情」を連続ツイートする、ということがありました。この唐突な「女体好きカミングアウト」発言から、実は「モテたいからフェミぶってる」という本音が現れてしまったのですね。「フェミニストカフェ」を標榜するカフェにとっては、店長によるこれは「手痛い失点」となったはずです。前述のように「前面に女性を立たせておけばいい的な九州ミソジニー」的な考えが暴露されてしまったからです*8
この店長の「好み」そのものはまったく否定しません。なんなら私だって「女体好き」でもあります。前に書いたとおり私自身「中2〜成人くらい」まではそんな感じでしたし、他の同年代連中だって似たようなものだったでしょうね。しかしそれをですね、「還暦に近い年齢の人」が「あんな稚拙な表現で表明すること」は明らかに違うのです。例えばその後の私みたいな「真摯にエロを愛したい」と思う方向に「行かなかった」井野店長の「世代的限界」を感じます。彼のああいった表明は、同世代の「エロを真摯に愛する人々」にまで風評被害が及ぶので「本当に勘弁してください」って正直思いますね。ともかく。「エロは聖域」ってこと判ってない人が多すぎるのです。それが「ダサ・ホモソ」だって言ってる。いい加減にしてほしい。と。


高橋健太郎氏の参戦。

高橋健太郎氏まで参加して、いよいよ「5キロ先の崖(→ 「5キロ先の崖」扱いされた私たち)」オールスターズの様相を呈してきましたが、なんなんですかね?これ。そうやって個人よりも「運動」を優先する人々って、自分が矛盾してるって気づかないんですかね。すごいなあ。
私は上記の「5キロ先」案件以来、高橋健太郎氏の発言などを追うのをやめたので、現在の彼がどうなっているのか、まったく知りませんでしたが、今回の件で久々に言動などを見ますと、「なおいっそう劣化が激しく」ひどい有様になっていて、目を疑いました。これが本当に音楽関係の優れた著作を持つ人物なのでしょうか。偏向、そして陰湿、そして屁理屈(としか見えない)を次々繰り出し粘着的に相手に絡む。これは「5キロ先」に於ける「北村紗衣」さんに対する「ウザ絡み」とまったく同じです。
個人的な意見ですが、これはディベート術」の濫用だと思うのですよね。こんなことのために「その術」を使うのは、実にプアであると自分は考えます。彼の中では整合性が取れており、一切の矛盾などないと思っているのでしょうけど、その考えそのものが間違いです。これも「神から与えられた才能の無駄使い」でしょうね。能力があるからといって、それで好き放題していいというわけではありません。それこそ「出来損ないの魔法使い」に過ぎません。
そもそも彼はこの問題に関係あるのでしょうか?何にでも一丁噛してきて、さも識者であるかのように「客観的かつ論理的にジャッジ」しているように「見せて」いますが、実際はそうではありません。前にも書いたように「彼の中では結論が決まっており」他者にどのように言われようとも、その意見は決して変えません*9
私は今回の彼の態度が「心から気持ち悪い」と感じ、彼の主宰するレーベル(脚注→*10)「OTOTOY」から「自分に関係する全作品を引き上げる」という交渉を配信代行業者さんとの間で開始したところです。あんな人がプロデューサーを務めるような配信サイトになど、気持ち悪くて自分の作品は置けませんのでね。
あんな人、同じ業界でも何でもない、無関係だし今後かかわることもないだろうけど(私が避ける)、彼の野蛮な気質が今回の件でいっそう燻り出されて証明されたのはヨイことだったなと思いましたね。


★スマートに蹂躙

以前こんな記事を書きました。

サブカルの闇と「エロ隠し」

この記事に出てくる「尖った先輩たち」という人たちなんですが、実は今回の記事に登場する「アラ還しぐさ」新宿ベルク店長や高橋健太郎氏と「ほぼ同世代」なんですよね。

今回の「高橋健太郎氏参戦」でわかったのは、あの世代のああいう人たちって、本当に「ナチュラルにああいう考え方」なんだ…ということです。
いくら自分たちは「弱者に理解ある進んだ思想の持ち主」だと思ってても、実にスマートに「ああいう蹂躙」をやらかす。これが「アラ還しぐさ」なのです。本人にそのつもりはまったくないんです。「こういう態度が普通」だから、ごく普通の態度として表に現れるわけです。
だからあの人らが「人権云々」などと言ってても、どうも白々しいのは、そういう根っこの「権威主義的な思想」が見えるからなんですよね。
そう、以前に語った「私の父」みたいなものですね。父も「労働組合委員長」やるような人だったが、家庭では無茶苦茶モラハラDV野郎で「いったいどの面で人権がどうのとか言えるんだい??」みたいに思ってたわけですが、今回の彼らの態度や言動も、似たものを彷彿とさせます。

まあわからないですけどね。「運動家」というものは得てして「そういうもの」なのかも知れませんし。例えば 70年代の「ウーマンリブ女子」だって、そんなような人だったのかも知れない。
矢面に進んで立つフロントマンに「人格者たれ」とまでは思わないが、結局おまえらもビッグブラザーじゃねえのか?と。信用なんかしないと思うだけですよね。

これに関しては「周りが弱すぎる」という大きな問題もあります。東日本大震災と福島のときに顕著になったのですけど、本当に芸術関係者の「論理的な弱さ」は、日本におけるカルチャーの最大の弱点だと思います。本来なら「高橋健太郎氏」レベルやそれ以上の論客が「アート界隈」にもっと居なければなりません。しかし育たなかったのですね。これは教育の敗北な気がします(意図的かも)。
まあともかく、こういう周りの弱さが「高橋健太郎氏」程度の人に「独走」を許しているのです。というよりは「進んで信仰している」気配すらあります。
私はその傾向を以前「歪んだ父性である」と表現しました。高橋健太郎氏のような「何事もそれらしく断言してくれる」人間に、「間近にそういうタイプが少ない」芸術系の人々は心酔してしまうのです*11
そういう「大きな人間に心酔してしまう」タイプの同業者が居る限り、この手の自称論客に「ご意見番」ヅラさせてしまう現象は起こり続けます*12
そういう隙を縫って、高橋健太郎氏みたいな人も「ご意見番」的立場になったのですから。そういう「力」に、新宿ベルク「井野店長」のようなタイプも集まってくるわけです。店長について言えば前述のような出自ですから「そら権威でしょう」みたいな人なわけで。「権威」と「ご意見番」が組んだのでは、そら周りは何も言えなくなるでしょう。これこそ「万能の車」なのです。そしてそれに集合してくるのが「業界互助会」ということなのですね。ほんと気持ち悪いです。

まあつまりアレです。音楽家の人とかみんな「もっと賢くなってほしい」なあ、と。あんな程度の人間に仕切られて丸め込まれてしまうなんて、弱すぎるホント。


★同じものを見ていたはずなのに違った未来だった

以前このような記事を書きましたね。karamandarine.hatenadiary.jp

欧米のドラマで自分の意識が変わった、という内容ですが、同時期に私、ビートルズから「オノヨーコ氏」の存在を知り、実はこの影響も自分にとってかなり大きいと感じています。
レノン&オノというと真っ先にやっぱり「愛と平和」というのが思い浮かぶイメージなのですが、私にとっては、それよりも なんと言っても「ウーマンパワー」の人でして、今でも彼らの「女は世界の奴隷か(Woman Is the Nigger of the World)」という曲は、自分にとってバイブル的なものでもあります*13。それらがなければ(愛と平和の主張だけだったら)自分的には、ココまで「レノン推し」ではないと思う。
あくまで自分の中で「あの二人は」マイノリティの開放を主軸に活動してた人たちという位置づけです。

今回の騒動の中心にいる新宿ベルクの井野店長などといった人々も、多分に彼らの影響下にあると思うのですが、そこから45年も経って、ここまで考えが異なってしまったのは、無念さというか無力感というか、なんとも言えない悲しみを感じますね。

私は同じ轍を踏まないよう、今後も気をつけてしっかり生きていきたいと思います。

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*1:10月18日追記。fさん御本人によるマトメができました。→ ftheminion.hatenablog.com

*2:ネット上の人物考察に関して「実際の彼はいい人」などという言説がよくありますが私はこれを考慮しません。ネットに現れている人格もまた「その人」だと思うからです。

*3:そう考えると、みんなバカにするけども内田裕也って、それなりにちゃんとしてるんだよ。そもそも樹木希林が「ロックとして」すごすぎて内田なんか足元にも及ばないしな

*4:実際に行動しなくても、脳内で他者の感情や様々な場所を想像できる、共感能力みたいな意味合い

*5:10年ほど前から私はツイッターで彼女と相互フォローだった。今はお互いに外しているので、関係として近いというほどではありません

*6:だから私はあの世代と距離を置く。彼らと接しているとそれが当たり前になってしまうからだ

*7:私思うんだけど「仮に」fさんが「ツイフェミ武闘派」だったとしても「我らがチェス子さんがやられてるぞ!それいけー」なんてスクラム組んで、フェミ集団がベルク派に突撃してるなんて図は「あるわけないだろ?」と思う。みんな「個々に憤ってる」から、こんなにいつまでも炎上してるんですよ。
ベルク派の方は「しばき隊」まで動員してスクラムで反論してるけど「その逆はない」。そういうのを理解できないから、店長側はいつまでも被害者だって言い張るわけです。

*8:関連 →「九州ミソジニー九州で下駄を履かせてもらってた話

*9:個人的には石原慎太郎氏のキャラと被ります

*10:主宰ではないとのこと →  竹中直純 
ですがプロデューサーとして深く関わっていたのは事実ですし「高橋健太郎氏との繋がりが強いサイト」という印象は変わりませんので。
なお私は前身の「レコミュニ」時代から配信している。付き合い長いんだよw

*11:似たような現象は「坂本龍一」氏に対しても起こりがちです

*12:例えばこういうことを言ってたりする音楽家が居たりですね。→ http://twitter.com/zezi_st/status/1051294613254721536

*13:そこから自分的にはそのまま「田嶋陽子氏」に繋がる → 無感情からの開放

女子高生が「強い」とされてた時代

90年代って、そういえば「女子高生ブランド」の地位が高かったよなと最近思い出したのですよ。まあ今も話題にはなりますけど、せいぜいツイッターなどで「マックの女子高生」みたいな「自分の言いたい揶揄を代弁させた」みたいな非実在みたいなものとして上がってくる程度です。

そうでなくて、実際に「女子高生の発言力&影響力が強かった時代」というのがあったんだということを、実体験を元に思い出していきたいと思います。


まずはこの動画を。


ルーズソックス 1994

90年代の女子高生と言えば、なんといっても「ルーズソックス」に代表されます。この動画はそれだけでなく、バッグの持ち方とか、そういう女子高生の風習についても紹介されています。

どういう理由なのかはわかりませんが、90年代に入ってから「女子高生」というブランドの取り扱い方が変化したように思います。それまでの「夕ニャンから始まったアイドル的なもの&ちょっとエッチなもの」という捉え方じゃなくて、「文化的な意味での」発言力や影響力の大きさが注目されるようになってきたのですね。つまりメディアや企業が、彼女たちの影響力をバカに出来なくなってきたということです。
で、実際にどういう事が起こったかというと、会社の新製品開発部署なんかで、その辺の女子高生を集めて意見を言ってもらうとか、新商品や新企画のアイディアを出してもらうとか、マーケティングとか、そういうことが実際に行われるようになり、また「それ自体を売りに」製品がリリースされたりするようになりました*1

当時の文化として、ルーズソックス以外に、かなり大きな存在としては「プリクラ」があります。彼女たちの持っていた手帳などには、クラスメイトと撮ったプリクラが多数貼られていたりしました。友達が多いことが自慢でしたよね。

それと、個人的に「これはすごいことだ」と思った風潮がありまして、それは、上記のプリクラに関連するのですが、彼女たちが「母親と仲良しアピール」をし始めたことです*2
母とのツーショットプリクラも当然ですし、なんなら「写ルンです」で二人で撮った写真アルバムを誇らしげに開帳していたりもします。
あと、なんといってもスゴいのが、当時の彼女たちの「母の服をお下がりで着ている自慢」でした。ちょうどヴィンテージ&レトロブーム(渋谷系)で、流行が一周りしてた感があった時代でしたが、彼女たちの母の世代の服が時代に合っていたのですね。
個人的にも、当時の女子高生たちの知り合いで「これ母の服なの」と言って自慢してくる子はたくさんいました。ともかく「家族と仲良しアピール」がスゴイんですよ。親なんか「否定してなぎ倒して乗り越えていくもの」だと思ってた私は、本当にびっくりだったわよねw

あとは、上記の渋谷系にも関連ですが、80年代の「舶来オシャレ重視」から和物見直し風潮になってきます。谷根千などの江戸町並みや和菓子などの文化が再評価されてきたのも90年代ですし、和モノ回帰がオシャレであるというように流れが変わります。
それと同時に、女性のメイク傾向も変わり、いわゆる「細眉&チーク」がメインになってきます。80年代までの「濃い顔」は軒並み時代遅れになってきます。
それに伴って流行アイドル顔の下剋上が起こり、私よく例に出して言うのですが、アイドルグループの「CoCo」内での力関係が「羽田惠理香さん」から「宮前真樹さん」に移行するということが起こります。個人的には、コレは90年代顔についての象徴的な出来事だと思っています*3


数年前ツイッター上でこのような考察が行われました(私も登場しています)。
togetter.com
このエントリーと上記の考察を併せると、よりいっそう当時の文化がわかりやすくなってくると思います。
それにしても今見ると、語り合っているメンバーが「そうそうたる面々」ですよね。この彼女たちが、当時の「影響力&発言力の大きい女子高生」だったわけです。そら敵わないわw 今でもじゅうぶん片鱗あります*4

参考のため、大雑把ですが例えば「1995年に17歳だった」と仮定すると、その人は「1978年生まれ」となります。前後 2〜3歳を含めて、だいたいこのくらいの世代だと思っていいと思います。*5
最近のツイッターなどを見ると、ミソジニー発言が非常に多く、女性側のつらい立場が目立ちますが、もしこの当時に今のようなSNSがあったとしたら、彼女たち「女子高生スクラム」で、ミソジニーヲタなどひとたまりもなく駆逐されてたのではないかと思います。
今の彼女たちですら、発言の説得力はそれなりにあるんですから、それが現役女子高生だったら、その若さの勢いで「向かう所敵なし」だったでしょうね。私はそういう場面を実際に当時目撃していて、そのように彼女たちが旧弊悪癖を根こそぎ否定して駆逐していくのを「すごい!」と。「時代が変わっていく!」と思ってワクワクしていました*6
前にも書いたように私は、マイノリティである女性の立場を「自分自身に準えていた」ところがあったので、そういう光景はとても心強かったのですよね。今でもこの時のことは忘れられないですし、現在の活動の根底にも、当時のこの経験が強く生きていると思います。


上記マトメにも関連する動画を貼っておきます。 


ルーズソックス 1996

ルーズソックスの発祥から全国への伝搬。マトメを裏付ける動画ですね。この頃から「携帯」が普及し始め、女子高生たちの通信手段も、ポケベルから携帯に移ってきます。友達や母とのツーショットプリクラも、携帯に貼られるようになってきます。


当時の「強い女子高生」は「消費 or 搾取された」のでしょうか。そこは当人たちに訊いてみないとわからないですよね。ただ言えるのは、当時の彼女たちは「圧倒的に数が多くて強かった」ということです。数が多いと「ただ単純に怖い」んですよ。メディアや企業の人もそう考えたと思う。これは無視できない、と。だからアチラ側から女子高生側に擦り寄って来るしかなかったのです*7

当時の「女子高生」文化を語るとき、絶対に抜かすことのできないものがありますね。ブルセラです。私も2度ほど渋谷のそういうお店に行ったことがあります。何気に客層などを見てましたが、(商品が高価であることもあり)それなりに身分もありそうで小奇麗な若手社会人、といった人が多かったです。こういうとツッコミがありそうですが、存在位置的に、個人的には「今のメイドカフェ」に近いような感覚があります*8。性的なもの抜きで「人間」と対峙するのか、性的なものありだが「人ではなくモノ」なのかの違いだけというか。個人的には「これは性的なもの」と理解した上で「モノにお金を払う」ブルセラのほうが受け入れられますけどね。まあそれは個人の見解なので。


最後に、この頃の文化を描いた秀逸な 2作品を紹介します。 

PAIN〈ペイン〉 [DVD]

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ラブ&ポップ SR版 [DVD]

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個人的には圧倒的に「ペイン」推しですね。ただ一般向けには「ラブ&ポップ」です。ちゃんと映画という文法に則ってますし(カメラワークなどは斬新だが)見やすいと思う。でもリアリティあるのは「ペイン」なのです。
そしてこれらは、どちらも「90年代が終了する頃」の作品であることが重要です。つまり「熟成して終わっていきつつある」文化を描いてるってことです。なので、どちらも見終わったあと、スゴく寂しさと切なさが残ります。もうこの時代は二度と戻ってこないのだと。

それを現在まで引きずっているのが「アラフォー逢魔ヶ時」ということなのです。

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★関連karamandarine.hatenadiary.jp

*1:この商品は女子高生のアイディアを元に開発されたものです、みたいな

*2:友達親子

*3:荒木経惟氏が撮影するモデル顔の変化が顕著です

*4:補足するとこれは「東京の女子校文化」でもあります。渋谷系がそうだったように、この文化は東京が中心だったということはあると思います。つまり、これはこれで「マジョリティ」でもあったということです。ちなみに登場メンバーのうちの一人と私は、後に交際することになります。完全に余談です

*5:つまり見事に現在の「こじらせ40代」「ロスジェネ」になってしまう

*6:個人的見解だが、今の40ヲタの人々は、このときの自分らに対する攻撃の恨みを忘れてないのではないか。それがトラウマになり今の反撃に繋がってる気がする

*7:「おやじ狩り」もこの頃。ヤマンバは少しあと

*8:「耳かき」みたいな接触含む

いにしえの築地しぐさ

先日こんな増田がアップされ盛り上がっていました。
anond.hatelabo.jp

ブクマで書いたように、私は築地の魚河岸でバイトしていたことがあります。店名バレを防ぎたいので、主な仕事内容は「高級魚と言われる魚の洗浄」「高級で珍しい魚を解剖してキモを取り出す」とだけ言っておきます。

そんなわけで懐かしくなり、お店をググったりしてみたのですが、あまり情報がなくて、残念ながら現在の様子は知ることが出来なかった*1
記憶では、社員で偉い人が終電で出勤とか、午前2時にタクシー出勤とかしてた。自分らバイトは始発で。午後2時ころには上がれたんじゃなかったかな。終わってバーに行く人がいたり(午後からやってる店)。そのため朝からガチガチにヘア決めてたりする職人さんもいた。

社員以外のメンバーは、流れ者のバイトとか、荒くれの河岸職人みたいのばかりだったから、消息を調べようにも「いったい今どこで何やってるんだろう…」って感じだから無理だろうな。
そもそも数あるバイトからわざわざ魚河岸を選ぶとか、その時点で「人として特殊」だと思うから、やっぱり何かありそうな人ばかりだったよね*2

上記の増田の内容も、そんな「不器用だが職人気質な」魚職人たちの様子が描かれてて「そうそう。わかるわ」と思ったのよね。


まあそんな感じで、自分の懐かしい記憶を辿ったりしながら、ブクマコメントをゆっくり見ていたら、こんなものが貼られているのに気づいた。
togetter.com
このまとめは一体どういう趣旨で作られたのか、今ひとつ把握しないまま「そうそう!懐かしい。このままだよー」などと懐かしみながら読んでいたが、途中で、どうやらこれは「批判目的」というか「問題提起」としてまとめられたようだと気づいたのよね。

そっか!普通の人は「これは異常じゃないか?」って思うのか!

私は、働いてた当時も今回読み返したときも「そうそう!こうだった」と思っただけで「これが当たり前」だと思っていたのだ。だって「これが普通」だったんだもの。誰も疑問に思わない。私も、最初はビックリしたかも知れないけど、すぐに慣れて「こんなもんだ」と思って働いてたはず。むしろ、こういうことに慣れていくことが「一人前になっていくこと」だと思わされてたフシさえある。
さっきも書いたように、一癖も二癖もあるような人々で、荒くれ者の職人が「オトコっぽく」働いてる現場ですよ。さながら究極のホモソーシャル現場と言ってもいいのではないだろうか。だから自分も「これで普通」だと「普通に思ってた」のだ。

それが外部の人の目から見ると、異常に見えたんですねえ…。そうだったのか。

今思えば、上記のまとめ内で指摘されてるような問題点を現場で見ていながら、なぜ自分は「不衛生だ」とか「常識としておかしい」というように 思わなかったのだろうか。
慣れてしまっていたからだけではない。どこか心の底で「彼ら職人の 判断 を信じていた」のではないだろうか。くわえタバコでも、床に放置されてても、引きずったりされてても「プロの職人がやってるんだから、これくらいは大丈夫なんだろう」と思い込んでいた*3
まあ確かにそうなんである。これらを買った人々が、無加工でこのまま食べるなんてことは、そうそうないことで、その先の魚屋やスーパーでキチンと処理や加工などされれば、衛生的に問題なくなるんだろう、などと呑気に思ってたんですよね。

これに関しては今もわからない。「これくれぇ デェジョブだよ」と彼らが言うなら、それでいいのかも知れない。でもそれはそれとして、現代の衛生観念には合っていないことも事実なのであり、そう考えると、ちゃんと変わっていかなければならないんだなあと改めて思ったのな。しかし現場にいて外に出ないと、その感覚が麻痺してくる。そういうことなんだと。これはあらゆる業界に言えることですよね。


自分自身がこのバイトで一番きつかったのは、実は「ターレーの排気ガス」でしたよ。

早朝の魚市場なんか「爽やかで新鮮なイメージ」あるけど「ぜんぜん違う」ね。「排ガスの充満した怒号の飛び交う戦場みたいな場所」だったよ。その感じは上記まとめでも少し判ると思う。でも「それで普通だと」思ってたんだよ。

まあでもいい経験だった。普段ぜったい出会うことのないような人々、ああいうの好きな人々と触れ合えたのは、人生としてすごくおもしろかったんじゃないだろうか。

色んな人がいる。それがわかっただけでも、とてつもない収穫だったなと。


★おまけ 〜 築地訪問(2011年)*4

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*1:お店自体は存在しています

*2:自分もやっぱり癖のある知り合いからの紹介

*3:実際、新入りはガミガミ怒鳴られていたし、事細かに注意もされていた。決して衛生的にズボラだったわけではないと思う。長年の勘で「これは大丈夫だ」という基準を、それぞれが持っていたのだと思う

*4:バイト先を訪ねたが営業が終わっていた