恋する段差ダンサー

ハイクの投稿をまとめて記事にしています。

プレミアム長崎

d.hatena.ne.jp

id:yomoyomo さんのサイト。
貪るように長崎関連のコンテンツ読んだなあ。
あの曲制作のきっかけになったのは間違いないわけで。


ちょうど移住した年から10年だけど、移住したばかりの頃「東京から来ました」と言って、話題のきっかけとして「長崎出身有名人の話題」を出すわけ。
それで面白かったのは、そうするとたいがいみんな、そういった「長崎出身有名人」のことを「よく言わない」のよ。
特に酷かったのは福山ね。ともかくみんな福山のことを悪くいうの。あれにはびっくりしたな。まあ当時は福山の方も長崎の悪口ばっかり言ってたらしいので、嫌われるのも当然かなと思ったけど、当時は既に全国的にも福山は大人気の大物有名人だったから、そのギャップは結構ショックだった気がするな。

さだまさしについては、僕自身が彼のことを長崎出身とあまり認識してなかったこともあって、あまり話題には出さなかった。ただ「彼の知り合いとか弟子とか称する輩」が結構いて、しかもその「誰もが胡散臭い」もんだから、なんか泥臭い利権を観たなぁみたいな感じで遠ざけてたな。

まあだから、福山のように「街に馴染めず」出ていったり、それが出来ないまでも「街に不満で日々辛く暮らしてる人たち」は、やっぱり「地方都市感覚からハミ出してしまった」という感じだから、長崎に移住して「街の中の人」になろうとした僕の立場から言うと、全く逆になるわけで、つまりマイノリティということになるわけ。

僕の中では例えば yomoyomoさんもそういう捉え方だったし、ユリ*1もそうだし、カマキリやクジラ女子も、同じ括りだったと言っていいと思う。

僕は、自分自身が常にマイノリティ的存在だったので、そういう層に対して「つい目を向けてしまう」習慣がある。そして、自分が作品を作ったり何かを発信する立場になった今、そういう人たちの意見や気持ちを掬い上げて、代弁するというか、アクションを起こすことが使命だ、みたいに思ってたところはあっただろうね。
特に当時は僕自身が長崎で孤軍奮闘してたから、そういう 自分の奮闘ぶりと、街からハミ出したマイノリティの方々の気持ちを重ねてしまうようなことはあったように思う。

あの時の僕の気持ちを説明するのに、一番的確な言葉は「使命感」だったんじゃないかな。yomoyomoさんやベンジャミン氏*2の気持ちを掬い上げ、ユリ氏の気持ちを掬い上げ、その他もろもろ、あの街に対して言いたいことがある「サイレント マイノリティ」の人たちの気持ちを掬い上げ「形にするんだ!」みたいにずいぶん気負ってたなあと思う。

自分的にはそうして「自分自身にずいぶん酔ってしまい」、しまいには「これこそ自分が生きる道だ」みたいに鼻持ちならない感じになってた気がするなあ。まあそうでもしてなきゃ、僕自身もあの街で生きていられなかったんだけど。
だって、なんだかんだ言っても、みんなは出てってしまって他所の街に住んでるんだもの。
ユリ氏にしろ yomoyomoさんにしろ、街を「出て行けてる」ってだけで、当時の僕は羨ましかった。そして僕の方は「こんなところに、あとどれくらい居なければいけないのか、一生ここに居るのか、それはキツイ」みたいに絶望の淵に居たんじゃないのかなあ。


★長崎というプレミアム

「田舎では東京から来た人のことを有難がって無意味に持ち上げる」みたいなところがある話はよく書いてましたが、実は「その逆もあり」で、僕が長崎住民になってから、仕事やライブで東京に行くと それまでとは注目度が全然変わって驚いたよね。東京に居て同じことやってても何も注目されないが、それが「長崎から来ました!」っていう前提があると、すごい盛り上がる のね。そうなのか「長崎から来た」っていうのは、こんなに注目される ことなのか、と思った。

例えばそれを「僕の故郷」に置き換えてみたらどうだろうね。そんな注目されるとは僕は思わない。それはやっぱり長崎だから注目されて話題になるんだよ。
つまり「長崎在住、もしくは出身」というのは、それだけで「ある種のプレミアム」なんだってことなの。僕は長崎生活にもう辟易してたけど、その一方で、そういう活動に有利な「長崎プレミアム」は失くしたくないなと思った。

そういうことを敢えて表明しない(売りにしない)まま、外で活動するユリ氏や yomoyomoさんのような人、そしてかつての福山みたいな人について、僕は「故郷について決して語らない自分の気持ち」を勝手になぞらえてしまったところはあったなあと思う。

あれから4年くらい経って、僕も故郷に頻繁に行かなければならない状況になり、そろそろ福山的に改心しなければいけない時期に来てしまったのだけど、でもやっぱり今後も故郷を好きになるなんてことはありえないなあと思いつつ、でも昔の知り合いとか「じゃなく」、新しい交友関係や若い人たちと知り合えるのなら、それなら楽しいかもしれない、と少し思うようになってきてる。

なんかダラダラとまとまらない文章になった。寝てたらふいにこういうこと思って、おもむろに起きて書き始めたので、まあこれ以上は今は書けないな。

f:id:maicou:20130814212405j:plainyomoyomoさんと出島にて


自分も忘れそうなんで補足しておくけど「戻りたいなら戻ればいいじゃないか」と言うかもですが「戻れなかった」んですよ。東日本災害関係で。
本当なら2012年くらいに戻ってる計画だったの。クジラ女子とカマキリのアルバム作ってそれで終わりね、って言ってたの。で、実際に部屋もずっと物色してた(今いる辺り)。
でも関東以北が大変なことになって、日本がどうなるのか判らないというような、そんな未曾有の状態のなか、部屋を探して戻るとか、出来るわけないような状況だったんだよな。

僕は今もこのことを時々言うんだけど、ずっと東京に住んでて、他所に移住しても「またすぐに戻れる」「すっかり東京人の感覚のまま元の通りスルッと生きていける」と思ってた。

でもあの災害以降「それが」出来なくなった。
何故なら、あの災害を「東京のみんなと共有できなかった」からさ。

散々ここで書いたけど、たかだか数年居なかったくらいでは、道路も建物も人も、そうそう変わってはない。だから全然違和感なんかないんだけども、ただひとつ。「あの大災害の体験や苦労を、東京の知人友人たちと僕が共有していない」というのは、かなり大きいわけ。

そこで僕と彼らの間に深い深い溝が出来た。僕は大災害「以前の」東京の人。いきなり過去になってしまった。この溝は多分一生埋まることはないと思う。もう二度と戻ることはない東京なのだ。

*1:井塔由梨氏

*2:yomoyomoさんの長崎対談の相方。高校で同級だったとのこと