恋する段差ダンサー

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「甲斐甲斐しい女子」と「喋るぬいぐるみ」

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私、なんらかのサークル内で「女子が甲斐甲斐しく働くことがすごく嫌」で、率先してそういうことをする人のことは好意的に見れなかったな。

勘違いされるとあれなので。「甲斐甲斐しく」というのは「男子の要望を察知してする」みたいなことです。「暗にそれを求められてるから」しちゃうわけです*1。だからそういう環境が悪いとも言える。

あと、そういう女子のことを「男子は絶対に褒める」んですよ。「あの子はなんでも気がつくイイ子だ」などと。それがもう昔から私「薄気味悪くて本当に嫌」でw そういう男子の発言聴くたび「うへぇ」って思ってた。

まあそういったわけなので、仕事や個人的交際で私と付き合いのあった女子の人は、だいたい、そういう「女子的なこと」は一切しませんねw 私がそういうの嫌なんで、そういう気遣いをしない女子ばかりが周りに集まった。私の交際相手が「お嬢様」とか「姫系」とか「仕事女子」みたいのばかりなのが実証しています。そういう人は何もしませんから。とても気が楽です。

一度だけ「間違って」甲斐甲斐しい人と付き合ったことがあるのだけど、耐えられなくてキレたことがある。キッチン周りのことで気が合わないのはキツイですよ。だいたい相手とぶつかるので、結局「何もしない人がいちばん」ってことになる。よく言うけど「船頭は二人要らん」って話なのかもしれないな。


そんなことを思いながら、なんとなく読んだ記事(ヒモの類いが家にいた)。ブクマの「喋るぬいぐるみ」というコメに笑ったのです。この10年くらいでいろんなお付き合いや同居やらがあって、結局「自分の器量不足に落ち込んだ」のだが、まあそんで数ヶ月前に出した結論が「自分には喋るぬいぐるみが一番向いてる」だったのよね。

そもそも何ごとも「共同作業が出来ない自分」なのだが、それが同居などでも一緒だったというのが、なかなかの気付きとしては「自分としてもショック」だったのでは。

共同作業しないとなると、ではどういうことかというと、一緒に住んでは居るけど、相手は永遠に「お客さん」ということやね。別れた人の一人にも最後に言われたですよ。「自分の居場所がない暮らしだった」と。でも結局「無理なもんは無理」やしなあ。フミコフミオ日記みたいになるけど、自分は「喋るぬいぐるみ」としか共同生活が出来ないであろう、という事実を認めなければならなかった。

共同生活じゃなければどうか。お互いに別な場所に住んでおり「通婚なら」出来るのではないか。そういえば、ちょうどこないだトイアンナさんがそういうことを書いてた*2。そうだね、楽しい時間を過ごして、相手が(こっちでもいいけど)じゃあまたね、と帰っていくというのは、とてもよいのではないだろうか。つまり「生活周りだけ別」なら、それでかまわないのだ。
もしくは「そういうことが気にならないくらい広い家」ならいいだろうけど、それも無理やろなと思ったからなあ。だからそういう意味で「何もしない人」がいいというのはベターな選択なのだと思ったな。さてこれからどうなるでしょうか。


そんなわけで。当時から今まで「ずいぶん月日も経ってる」けども、「甲斐甲斐しい女子」を求めるような風潮は未だ「さほど変わってない」ように思える。
自分の場合、そういうのに逆らうので「あえて反対の人と付き合うようにした結果」周りの環境が変わってきたという感じじゃないかなって思う。まずは最初の一歩からなんだなあ。

なんか「封建的社会が未だに根強い日本」が昨今とみに話題ですが、どうなんやろ。今の、いわゆる管理職世代が「オリンピックくらいを境に引退していく」と思うので、それ以降変わるんじゃないかと思ってて、今はその「最後のあがき」というか「膿を出し尽くしてるところ」なんじゃないかと思ったりしてる。

★続きkaramandarine.hatenadiary.jp

*1:2018補足。この年の流行語「忖度」でもある

*2:tofufu.me