恋する段差ダンサー

ハイクの「下書き」をまとめて記事にしています。

茶化し芸の時代は終わった。

長渕剛=日本のブルース・スプリングスティーンという説*1

昨日から yucoさんのこの記事を興味深く読んでいる。ずっと「制作」と「吹奏楽時代を振り返る」のに忙しくw ザイトクとシバキの違いすら判らぬまま過ごしてきたが、これを読んでやっと把握してきた*2

長渕の音楽は僕は全く好みじゃないが、自分の信じることを真摯にやってる様子は「ある種のタイプの人にはアピールするだろう」なと思ってる。

今の「特に若い人たちはまじめな人が多く」茶化すような人は嫌う傾向にある。そもそも生活そのものに余裕が無いのだ。だから「そこで生まれる怒り」も、かつての学生運動のような「ファッションではなく」本心の怒りだろうと思ってる。

そういう意味では、例えば前に書いたように「桑田の音感は実に雑」なので「思考も同じように雑だろう」と思ってるし、そんな彼の「雑な茶化し芸」が今の若者に受け入れられず、老害と捉えられるのも実によくわかる*3


さて以前、ろくでなし子先生についてブログなどで色々書いたけど*4、彼女のタイプも「そういう古いタイプ」で、今や老害スレスレだろう。僕自身も本来なら好きではないタイプだが、しかしギリギリのところで百歩譲って怒り心頭まで達しなかったのは、以前は彼女について「何かを産む人」として「同業だというシンパシーがあった」からだ。
そこが「批判だけしている評論家と違う」ところであり、僕自身もそういう輩によく足を引っ張られたり水を差されたりしたので、彼女に対し「そこは負けないで欲しい」という気持ちがあったんだな。

ところが最近流れが少し変わってきたのですね。簡単に言うと、今の僕は 彼女のことを既に「同業」とは思っていない。彼女が言う「作品」と僕の言う「作品」とは「異なったものである」ということが、この半年でわかってきたということだな。

最近の「彼女の茶化し芸」は、かつての「だだ漏れそらの女子*5」や「久谷女子の騒動*6」を思い出す。

あれらの行動と「ほとばしる創作のエネルギーが止まらない」という芸術家的行動とは違う。「創作や活動にかこつけて」ただ自分のやりたいことを優先してるにすぎない。
つまり目的と手段がいつの間にか入れ替わってしまってるのだな。まあ「ハプニングという表現活動」もあるけど、それにしても「他人を踏みつけにしていいというわけではない」。

ただね、ああいう人々は「自分の活動の突破口を開いてくれる 切り込み隊」として見ると、実に有能なのです。彼女らの活動によって突破口が開いた後に、自分のことをやろうと思ってる人が「彼女の後ろに並んでタイミングを待ってたりする」というのもよくある話。

そういう意味では「ああいう人達の周り」には「立場を利用してやろう」と思う人が多い のかもしれないなあ、などと思った。

そして僕自身、半年前に彼女を面白がったのは、そういう彼女らの行動力を利用して「僕自身の活動に役立てよう」という目論見もあったんだろうと思う。

ちょうど昨日のことだったけど「某女性アーティストのツイッターがうざいのでアンフォロしてしまった」という話を知人としてて、彼女に限らないけど「ふだん目立ち慣れてないタイプの方々」が「急に持ち上げられたり注目をあびて痛い感じになってくる」のが、見ていられなくなってくるのよね。

長年、芸事を研究してきた僕の持論で「フロントに立てるタイプとそうでないタイプ」が居るんだってのがあるんだけど、例えば 一発屋さんが天狗になって顰蹙買ったりあぶく銭で身を滅ぼしたり するのも、そういう 分不相応な地位を得たことによる悲劇 だと思ってるので。

まあそういうわけで簡単に言うと、今回のろくでなし子先生とかも「そうなってる」んだろうなあっていう。

あともうひとつ、これは前から思ってたんやけど、切り返しとして「それは嫉妬ね」最強説 というのがありまして、何かをやらかしてる人に対して批判などをすると「私に嫉妬してそういうことを言ってるんでしょう?」と反論してくるタイプの人がいるのです。
こういう人は、別な意味での「無敵の人」タイプでして、ともかく何を言っても指摘しても「嫉妬して言ってるのね」と返されるので、ホントに何を言ってもダメなんですよ。そもそも「嫉妬ではない証明」ってのが出来ないからね、何を言っても「嫉妬だろう」と言われたら、対処がないわけです。

そうそう、前に西新宿で犯罪商売やってる奴の話をしたけど、彼と議論した時もコッチがいくら「オマエのやってる商売は本当にヒドイ」と言っても、「嫉妬するなよ、みっともないぞ」と返してくる。何を言ってもこう返される。これはホントにいらいらするw

そもそもそういうヒトは「自分の意見を変える気がない」んですよね。今のろくでなしこ先生のツイッター見てても同じでしょ。何を言っても「嫉妬ね」「勇気がないのね」「言い訳ばかりね」などと すり替えて返してるだけ で「何も話が進まない」。こうなるともうダメなんですね。

そんな相手にこっちが出来ることというと「完全に存在を無視する」という以外にないのだけど、もう一つ「これは効くな」と思った方法があります。

それは、そういう相手に対する批判を「その相手直接ではなく 三者に向けて広く繰り広げる こと」です。直接対話すると、必ずさっきのようにあしらわれるので、こっちの分が悪くなる。そうではなくて「相手からの反応はまる無視で、粛々と批判だけを繰り返す」。

「無敵の人」相手の戦いは、それが一番効くかなと今のところ思ってる。



引き続き yucoさんの発言を追いながら考えていきます。

 
この「今まさにリアルに出来上がってく過程」を目撃できる感というのは、なかなか面白いのね。

ネットでは「世代感で語るのをよしとしない傾向」があるけども、僕は前から「敢えて世代をくくって語る」んだけども、それは前回も書いたように、ネットではなく「テレビとかそういうメディアの影響が強かった世代」って、けっこう「その影響下に知らずのうちにみんなあり」「似たような言動になってることが多い」のね。
雑誌だったりタレントの発言だったりが、そのまま(そうと知らずに)自分に定着してしまって、他人に受ける鉄板発言として使ってしまっているというのは、90年代くらいまでの「メディア・ネイティブ世代」ではよくあった光景です。

そう考えていくと、ろくでなし子さんの「40代という世代」からしても、たぶんにそういう「旧世代」的価値観で生きてしまっているのは「今の状況みても明らか」なので、さもありなんと思うだけだよね。

そして最近派手に身バレした新潟の新聞の人とか、どこかのセキュリティ会社の人とかも、総じて「50 超え」であったことを考えると、未だに日本文化の進化を妨げているのは「そういう老害なのだなあ」と感慨深くなりますね。しぶといなあとw だからオレも頑張らなあかん、とは思ったよね。

そうそう、あと、椎名桜子さんの話が出ていました。ワナビー文化系女子がおっさんたぶらかしてデビューしてしまった話。つい最近もそういうのよくありますけど、コレは前に語ってた業界ミソジニーともつながってくるけど、結局「こういう世界を回してるのは、おっさん」であり、その原動力となっているのが「そこに上手く取り入るサブカル女子」ってことになるかもだよね。

僕も正直言って、こうなってくると例えば、ろくでなし子と綿矢りさ氏とかは「どこが違っているのだろう?」的になってくるのだけど、もちろん「作品そのものが違います」けど、「その違いをわからない」マイルドヤンキー的な人も一定数居るでしょ。
そうすると「綿矢りさ的悲劇」が今後も何回も起こるでしょ。彼女はなんとか復活したけど、今でもその陰で、大勢のワナビー文化女子が某かの被害にあってるとしたら、なんかあれやなあと。

それから、一番の問題は「未だにそういう価値観が有効だと考えてる」マウンティング女子ですね。
ココで何度も語ってるけど、久谷女子の取り巻きみたいな人たちは、そういう旧社会の価値観でのし上がっていくために「敢えておっさん力を利用してる」ようなところがある。
これはろくでなし子氏も同じですが。そういうことをするとき「それは生き抜く知恵みたいなものだからしょうがないのよ」とは言っても、そうすることで「その相手を生き長らえさせてしまう」わけで、そこを「お互いウィンウィンでいいじゃないですか」とは言ってもさあ、そうするといつまでも社会は変わらないじゃないかって思うから、そういう「おっさんころがし」技は「安易には使って欲しくはないなあ」とは思うかな。

とは言いつつ、これ自分にも盛大なブーメランに成り得るので、今後もどうすべきか考えていくわ、ということやねえ。


2016/01/28追記
メモ代わりに書いておくけど、yucoさんのFBフレンド内だけで行われてる会話なのでココでは書きませんが、「はすみ氏」や「なし子先生」のようなタイプについて実に素晴らしい分析が今、行われてるので、これはすごく参考になります*7
僕の周りで起こった最近のネット関係の嫌なことも、これで説明が凡そ付くんでないかな。いやー素晴らしい。

しかもこういう yucoさん的タイプの人は大概、例えば「互助会や村などという世界とは別なことろで」冷静に分析されたりしており、そこもまた好感が持てる部分でもあるのね。

*1:2018現在リンク切れ。ブクマのみ 17 users

*2:当日の発言まとめて→ yuco(@yuco)/2015年12月12日 - Twilog

*3:勲章ケツポケット事件。長渕と桑田は長年「天敵」関係にある。

*4:→ 好きな対象を蔑むという「文化」~ろくでなし子先生はパンクだという話

*5:配信でフランチェス子さんをからかう

*6:大常&女々騒動を同人誌面などでからかう

*7:大雑把に述べると「何故はすみとしこ氏は、自分が病んでまでもああいった表現活動をやめないのか」という理由について考察しています