恋する段差ダンサー

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「承認欲求」の大人買い

大阪時代。団地ニュータウン好きな私は、一人で千里中央に行ったことがある。

ネットもない当時、こういう私のオタ趣味なんか誰にも理解されなかったし、本当に孤独だった。大阪時代もずーっと一貫して思ってたのは孤独感で、それが辛かったから東京に出てきたんやと思う。

オタ趣味もそうだけど、私がやりたかった表現が理解されにくいものだった、というのもあったと思う。バンドはやってなかったし、かといって「下手な宅録では脳内イメージを再現しきれず」それを聞かせても笑われるだけだったし。
みんな当時を知らないから想像もつかないかもだけど、ネットがなく、DTMDAWの存在すらなく、同人のハードルも高かった頃、僕や「僕と似たような人々の居場所は本当になかったはず」なんで、それに比べたら、今のオタなんか「破格に認められてる」んだから、本当に幸せな時代だと思う。

いま、サブカル世代とかのおっさんが「ネットで多趣味を開陳」してたりするけど、ああいうのって「承認欲求の大人買い」なんだと思ってる。
それを好きだった幼少時の孤独感が「あれらの執着を産んでる」のではないかなあと思う。
そういう人々が「ゆとり」と呼んでる世代は、子供の頃からそういうメディアやデバイスが存在してるから「そういうことに必死にならない」というだけなんだと思う。冷めてるわけじゃなくて「なんで必死かよ?」と思ってるんだろうなって思う。

鉄趣味*1についても同様で、僕と話が合う人など周りに一人も居なかった。誰も理解者が居ないということは「楽しみや情報を共有する相手が居ない」ということである。そうなると周りはどうなるかというと「あいつはよくわからないことをやってる。暗い。」ってことになる。まあ多分に自分の気質もあるとは思うけど「自分の趣味を明るく紹介する」なんていうコミュニケーションスキルもなかったしなあ。だから結局、鉄関係も箱に入れたまま物置に仕舞い込んで「黒歴史」化してしまうのである。

中学で吹奏楽を始めたのも、そういう理由である。
自分の趣味も「共有したり一緒に楽しむ相手が居ないとツマラナイのだ」という小学生時代の学習から、中学でそういう世界にあえて飛び込んでみたのやな。

まあその後は、ココで超大作を書いたように「吹部政治的な」嫌なこともたくさんあったのだが、一人っ子だった私は、そういう社会体験そのものが圧倒的に不足していたから、ある種の訓練にはなってよかったのかもしれない。意外に女子ウケいいって判明したしw

今こういうサブカル的なことを大々的にやってるのが「アラフォー前後以降の人々が圧倒的に多い」と書いたけど、そしてそれは「承認欲求の大人買い」だと言ったけども、やっぱりみんな子供の頃に一度は「こういう黒歴史的挫折」を味わったというのがあったのかもしれない。当時できなかったから、今もこうして拘ってしまう

そういえば昔よく言ってたんだけど「特撮ウルトラ関係やアニメなど」に「成人以降にハマっていく」のは、子供の頃「家が厳しくてそれらが禁止されてたからだ」と。

そうなの。だから「子どもは子供らしく」好きなことを好きなだけ遊ばせてやるのが、「健全な」オトナにならせるための育て方ではないのかなあと、今も思ってるな。