恋する段差ダンサー

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サブカルの葬式とホモ・ソーシャル

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こないだ、私のコラボ女子と音源ヲタ氏が揉めてた話をブログにアップしたが、それに近い事案。奇しくも両女子は友達ですね*1
もともと地下アイドル的なものって「文化人の高尚なアソビ」気取りというか、「それのパロディ」っていう意識があって、興隆も例えば、大学とかの「アイドルなんとか研究会」みたいのが発祥と考えると、そもそもそういう「同人的」側面があるんだってことなんだと思うんだけど、それを「自分の性を取り扱えない男子」参入によってぶち壊されるというのは、最近よく起こる事案だよなと。実際この「たまさん」も、ガチ恋氏に付きまとわれての卒業発表なんで。今後も起こりうるのだろう。


上記のような「ルールを知らなくて遊べないニワカ民」の参入で、文化サークルが崩壊していく、というのともうひとつ、こういう互助会でよく起こるのが「中の人の万能感で内部崩壊していく」というパターン。

今日の吉田豪案件*2なんかが典型だけど、こういった「文化サークル・ホモソーシャル」の価値観は、ホントに「外」というか「一般社会では通用しない」ものなんで、中でブイブイいわしてる輩が「勘違いした全能感」で、外の人にまで中の基準を当てはめちゃったら、そら炎上するでしょということよな。
他のエントリにも関連する話題だけど、この5年間の前半、自分も「その中の人」だと思ってたので、仲間を非難することが難しかったのだけど、「いや、自分は中の人ではないようだ」と悟った後半からは、「じゃあ擁護なんかする必要ない」って考えが変わった。…まあつまり自分も忖度していた。守るものが出来てしまうと、そうならざるを得ない。カッコ悪い自分だった。いま振り返ると、そう思う*3

個人的意見だけど、結局ポルシェ氏とかロマン氏とか吉田豪氏とか、この方々は「既に固まった旧来の価値観を現在のサブカル的なものに応用して持論を述べてるだけ」で、何も新しいことがなくて、まあ古い言葉で言うなら「業界ゴロ」みたいなものなんだと思うのよ。
まあ吉田氏の「墓を掘り返す」みたいな作業は「文化的には重要なところもある」と認めるけど。それすら「葬式」ちっくではあるんだよね。今みんながやってるのは「葬式」なんですよ。サブカル、アイドル、はてな、みたいなものの。
そういうの好きな人もいるだろうと認めた上で、しかし「自分は葬式に一度も出たことがない人」なので、ごめんけど自分は参加しないっす、みたいな感じです。

そういう「閉塞感」のある業界に、「刺客」としての「ガチ恋ヲタ」が特攻してくると「ひとたまりもない」というのを見せつけられたのが、この事件だった気がする。


先日の現場の帰り、作曲家W氏と久々にゆっくり話したのだけど、近況報告として「一昨年までの縁が切れた理由には、みんながいい人過ぎてついて行けなかった、というのが大きい」と。
これやな。→ ☆みんな「いい人」すぎて付いて行けない。

結局僕ら(彼も含む)は互助会には入れなかったのだと。僕らは今まで、この件について話す時、いつも自虐的に「どうせ僕らは冷たい人間だし、友達も居ないしね」などと言ってるのだけど(彼も同じ)、今回は「だかしかし、それでいいのだ」と思うことにしようと。そもそもクリエイターたるもの、群れてどうすんだ?と。僕らは「孤独を売って」商売をしている。僕らのほうが正しいのだ、と。そういうふうに思うことにしようと。そういう結論だった。東京リターンから5年。ずいぶん大人になった。そう彼にも言われた。いい話だった。


★全能感で勘違いする話はこちらも。 

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