恋する段差ダンサー

ハイクの「下書き」をまとめて記事にしています。

ネット無礼講オトナの増殖

僕がネットを始めたのは2000年のことでしたが、ちょうどその頃、自分の活動にどん詰まり感があったのもあったし、その頃のネットコンテンツが「昭和な懐古趣味が多かった」のもあって*1、過去のことを検索したり思い出すことが多かったのね。その流れで、旧友やら故郷の人々の近況とか知ったり、全然消息の分からなかった音楽家とかの行方が判明したりとか、初期ネットならではの恩恵を受けることが出来たりした。

と同時に、もう何十年も離れていたそれらの者たちと「急に距離が縮んだせい」で、自分自身との「価値観とかのギャップの大きさ」にも、悲しいかな、気づいてしまったのよね。

僕がよく「同年代は好きではないので、出来るだけ遭わないよう、距離を置くようにしている」と常々語っているのは、この2000年〜2001年位の間で起こった「そういう行き違いやトラブルのことがある」からです。
悲しみというか激しい落胆ですよね。「なんでみんな、こんなオトナになってしまっているの??」みたいな。「こんな痛い人々だったっけ???」みたいなことです。

正直、それまでの僕は、自分の小中時代の記憶から「どこかで同年代を誇りにしてた」ところもあったし、ちょうど時代的に「昭和懐古趣味で当時のことが見直されてた」というのもあって、そんな中にいた「僕自身や環境も美化してしまっていた」ところがあった。

でも実際に再会したそれらのヒトやモノたちは「そういう理想とは程遠かった」のです。

今でもよく、2ちゃんなんかの懐古スレで「3丁目の夕日とか言うけども、タイムマシンがあったとして実際に戻ってみたら、臭いは汚いわエアコンもシャワーもないわ、おっさんウザいわでいいことなんかないし、おまえらゆとりは耐えられるはずないぞ?」などという冷ややかなレスが付きますけども、いやいや実際に戻ってみれなくても「その年代のヒトとかに会ってみれば」現在でもじゅうぶん「その嫌さを満喫」できます。

僕はそういうネット初期時代に「既に」そういう現実を嫌というほど味わってしまってたのですね。だから、2003年以降くらいから現在まで、その辺はすごく冷淡に考えるようになってしまっているわけです。旧交を温めるとか、そんなもん老害の理想にすぎんし、あくまでお話の中のことで「実際にやるもんじゃない」と。

あと、同世代男子については…なんつか、リアルでもそれなりに鬱陶しいのだろうけど、それ以上に僕が激しく落胆したのは「ネット上での言動」だったのですよね。

今までも言ってましたけど、僕はネットで「20代から30代くらいまでの才能豊かな文才さんとか表現者に出会った」でしょ。その出会いがかなり刺激になったし「すごいすごい、日本の未来は全然イケてるぞ」的に思ってたわけ。

で、それに引き換え、久しぶりに出会った アラウンド同世代 の連中の、言動レベルやリテラシーの低さにドン引きして。
まあ、文字打ちが慣れてないかもしれないからヘンテコな言い回しやタイポは見過ごそうと思っても、文章の内容そのものが「アナタいくつですか?」みたいなものだったり、顔文字満載の高校生みたいな書き込みばかりしてたり、こっちが何かにお誘いすると「どうしたらいいですか?それはどうなっていますか?」と「初めてのオツカイみたいに全部教えて欲しがる」とか、ともかく「あなたオトナでしょうが!」と切れたくなるような人ばかりだったのですよね。

最初は本当に驚いて。「ちょっと待て」と。
おいらが若い頃の同世代と言ったらキレッキレで、逆に僕なんかのほうが「お前はホントにしょうもない、何にもできない、ダメな奴だな」などととクソミソに扱われてたのですよ。
なのに、何十年ぶりかで再会したそれらの人々は、本当に目に余る劣化ぶりでして、「こんな人だったっけ??」と。
当時の勢いからすれば「今の時流も華麗に乗りこなし、素敵なオトナになっているはず」ではないか。なのにこの現実は何??みたいな。

ネット開始の最初の2年間くらいかなあ。
そういう人々を大量に相手にして、本当に疲れてしまったのですね。

20代くらいの子とはポンポン話が弾むし、その環の中で別に浮くこともなく溶け込んでいましたけど、同年代との付き合いは、逆に「子供相手みたいで苛々されられっぱなし」だったし、最後まで馴染めなかった。

それまでの僕は、特に「世代で分けたり若者好き」とかではなかったのですよ。どの年代も特段の贔屓目もなく接してたんやけど、ネット開始以降は「完全に若手相手にシフト」してしまって結局、仕事上の付き合いとかも、そっち中心に変わってしまったのよね。

そんな当時、よく揶揄的な意味で言われましたど。
「さすがミュージシャンは若い子好きだから」みたいな。
ちゃうて。そっちがおかしいんやて。
むしろ子どもなのはそっちのほうやて。
みたいに思ってましたね。

この経験で、小学生時代のあることを思い出しましたね。ココでも昔書いたけど、僕は母から常に「年上の人と付き合っていろいろ学びなさい」とずっと言われてたのだけど、それが全然出来なかった。
僕も苦手だったし「年上の相手も全然僕のことなどかまってくれず」他の子ばかり重用するのね。当時それが本当に辛かった。逆に「年下の子たちがみんな僕のことを何故か慕ってくれて」その子たちとツルンでると、また母から説教でしたけど、それは本当に救われてたなあ。

そんなことを思い出して、今こんなに自分がオトナになってまで「同じようなことが起こり同じように感じる」のであれば、そもそも、もともとの僕の気質や感覚が「そういう新しい方に向いているのではないだろうか」って気づいたのが、その辺のネット開始の頃のことでした。

なんかね、悲しいけどね、人って「何もしないとどんどん劣化する」のよね。もちろん「僕だって劣化しとる」やろ。でも「その劣化速度を最低限にすることを常に考えつつ頑張って」いかないと、将来的に「老害」とか言われてウザがられるようになってもしかたがないのではないかしら。反面教師にしとうございます。

そう、だからね。
今のネット上でのオイタなオトナ言動って、僕にとっては「2002年くらいから約束されてた未来」みたいな感じだったのよね。もちろんそうなってほしくなかったけど「一定数そういうオトナが占める」ってのは「ああそらそうやろなあ」と現状に 普通に納得 できます。

私思ったのはね、彼らたぶん「実生活ではオトナ」なんだと思うの。
その反動として、ネット上で「オイタな自分」とか「童心に帰った私」みたいなのを演じている(もしくは本当に開放されている)のではなかろうか、と。

でもね、すでに当時からバーチャルもリアルも別に区別がない「バーチャルもリアルである」みたいな人*2にとっては、そういう「ネット上では開放!」みたいな「ネット無礼講オトナ」みたいなの、ハッキリ言って迷惑じゃん。

つまり彼らは「飲み会とかで開放されるスタイル」を「ネット上で行ってた」わけよね。リアルでも、街や電車とかで団塊酔っ払い集団みたいなのおるけど、そういう感覚だと思うのよ。

そら「素面(しらふ)」の人とは合わんやろ、と。

そういえばね、ネット上ではHNとか、あとはある種の掲示板やツイッタもそうだけどアイコンてあるじゃん。「ネット無礼講オトナ」みたいな人って、ああいう 別人格 なんだと思ったの。

別人格はそれはそれで構わないと思うのよ*3

ただ、あの人らが勘違いしてるのは「別人格=開放=無礼講」みたいなものでよい、と思ってるところじゃないかしら。そんなの普通に「どの世界でも迷惑」なんですってことなのね。


★関連

karamandarine.hatenadiary.jp

*1:いわゆる昭和サブカル

*2:いわゆるデジタルネイティブ世代

*3:私だって田中美保w