恋する段差ダンサー

ハイクの「下書き」まとめ。まだまだ深く掘っていきマスク。

説教ロックとビートルズ・ハラスメント

音楽業界に根強くある「ビートルズ至上主義(ビートルズハラスメント)」みたいな考えについて雑感。

なんかTLでジョン・レノン話題が賑やかなのでなにかと思ったら、命日ってことなんですな。

ツイッターでのレノン話に関しては、一昨年の嫌な出来事を思い出す。知り合いのアーティスト女子(S原M也子という)が「ジョンが今生きてて、こんなネットの状況を見たら喜ぶはずないよ」みたいなことを軽々しく言いやがったので、お前はジョンレノンかよ??だいたい、全然詳しくもないくせに、そういう偉人の口を借りてでかいこと叩くのやめろ、って突っ込んだのね。そいつ昔からそういう奴で、それから年月経ったし、友好的に会話もしてたので油断してたんだが、やっぱりちっとも変わらん、クソ野郎(女子ですが)だって思ってさ。その日一日ムカムカしてたね。

80年代の説教ロックが流行ってた頃、僕の周りもそんなのやってる奴らばかりでさ、一様に主語がでかく、でかい口を叩く連中ばかりだった。そんななかに、その後アーティストになった、彼女もいたの。そいつだけは、他の連中よりはマトモだったが、別にいい曲を書くというわけでもないのに、なんか熱心にスタッフに気に入られて、そういうブームの中でデビューしちゃった。まあ音楽もヒトそれぞれ好みだから、とか思ってたんだけど、コアなファンもいたようだけど、所詮続かないのよね。

前も言ったと思いますが、こういう説教系の音楽のどこが嫌かって「曲がちゃんとしてないところ」なんだよね。言いたいことや主張が優先して、曲の方はおざなりの循環とか適当な音符の羅列で出来てて、それを適当なアメリカンロックのアレンジパクって載せてるだけなの。
逆にね、主張がどんなでも政治的でも説教でも「楽曲さえちゃんとしてるなら」僕は何も言わない。しっかりメロディやコードが練ってあって、この言葉にはこれしかない!という最終形態になってるなら何も言わない。でもそんなの聴いたことがない。説教ロックは曲が全部適当。なんとなくお経みたいに言葉つなげて音が上下してるだけ。とても少ない引き出しからなんとかカタチにでっち上げてるだけ。そんなものは音楽と言わない。朗読です。ラップ以下(ラップは好きです)。
そういうことだから、みんな続かないの。すぐにネタ切れになる。だからやめちゃう。そういうヒトが地方周りしたり、自然食品教とかブルジョア農民生活したりとかするの*1。で、最初書いたように、言うことだけはでかく、主語もでかく、常に説教してる。みんなリトル長渕とかミニ尾崎になって。アホかと*2

そういう人たちの曲の作り方としては、たいがい歌詞が先にあって、それに曲をつける方式が 割と多いんですね。普通多いのは、曲が先にあって、それに歌詞をつける、というやりかた。こっちがどちらかというと主流。曲先、詞先という専門用語があります。音楽関係の人と話すとき、必ずこういうことも話すね。アナタは曲先?詞先?って。
で、詞先だと、曲がおざなりになりやすいの。そらもちろんプロはちゃんとしてます。木綿のハンカチーフとか、詞先なのに、あんな名曲になってる。だから筒美京平さんは天才だっていうんですけど。プロならだれでも出来ます。
ただ、それを説教ロックの連中がすると、出来ないから適当になるのね。というか、筒美さんのような職業作曲家以外のヒトで、これがちゃんと出来るヒトに会ったことがない。どうしても無理が生じる。餅は餅屋なんだね。
ところが、とてつもないヒトが登場したんですよ。それがあいこですよ。歌詞から先に作った曲で、これはすごい!と思ったのはaikoが初めて。僕は常々、aikoの素晴らしいところはフェイクの正確さと音感だって言ってるけど、もうひとつとてつもない部分がそこなの。
だから、これは何度でも言うけど、aiko以前以後で、まったくJPOPは変わり、それ以前の「適当にしかメロディを作れなかったヒト」は全員やって行けなくなった。また、言葉を大事にする、というやり方の方は椎名林檎が、それ以前の人を全員駆逐しました。aikoと林檎登場で、廃業せざるを得なかったアーティストはたくさんいると思う。もう適当には、やって行けなくなったの。だからみんな、ブルジョア農業になっちゃったのねw ホント日本の音楽のためにはヨカッたです。

というわけで話は戻るけど、別に知らないなら知らないでいいし、興味わいたなら湧いたで、詳しい人に訪ねたり知ってもらうことはいいんだけど、説教ロックの連中は、実はさして興味もないくせに、そういうことも知っておかなきゃいけないロックの常識、みたいな感覚で通り一遍の情報だけ得ようとし、そして得た小さな知識で、その後、知ったふうに語るようになる、というのが最悪なんやね。オレが切れた女子もそうでしょう。知りもしないくせに「ジョンならこう言うだろう」とかさ、アホじゃないかと思う。彼女にかぎらず、あの時代の説教のやつらはみんなそうです。僕があまり人前でビートルズの話をしなくなったのは、こういうことが原因だね。
一緒にバンドやったS氏や、その後友人になったW氏なんかは率直に「ビートルズかあ。なんか惹かれなくてねえ、聴いてないんだよなあ…」と僕に言ってた。興味ないならないで、そんでええねん。興味もないくせに浅い知識でなにカッコつけてうんちく語ろうとするからインチキ臭く説教おやじになるんじゃねえの?と思う。

そんな人達が「ビートルズを知らないとはねえ」などと若者に言ってくるわけです。音楽するならビートルズを聴かなきゃダメだよ、などと説教してくるわけですね。
音楽業界にはそうした「ビートルズは常識」という根強い差別?があり、ビートルズを通ってない、知らない人にはすごく冷たい*3、ということが往々にしてあります。
僕は、そういう行為を「ビートルズハラスメント」略して「ビーハラ」と呼ぶことにしてるのですが、この言葉使ってる人、私以外にあまりいないので、よかったら是非みなさん広めてくださいw

で、最近思ったのは、実は、そういう事するヒトは、本当のビートルズヲタではなく、そういう説教系ニワカの奴らがやってることなんじゃないか。と。つまり、昔の社会人みたいな「野球・車・ゴルフ」的な、出世用のハックとしての「ビートルズ知識」ですね。だから中身がないし愛もない。だからそんな物言いになるんだろうな、と思ったわけですね。自分たちだって苦労してビートルズを覚えたんだ!みたいなことです。

まあしかし、「鉄板」という言葉があるけど、ビートルズは、何かのネタに困ったときの「こんな感じにしとけばなんとか形になるだろう」的な安易な方法論として、実際まさに鉄板アレンジになってたりします。ただ、さすがに時代も過ぎて、最近はそういう神通力も薄れてきてるんですね。つまり、そもそもビートルズなんか知らない音楽家が主流になってきて、説教のネタにもなりにくくなっている。だから今の世の中、ビートルズぽいサウンドも以前より少なくなってきてるんじゃないだろうか。

そんな中、冒頭で書いたような「ジョンならこう言う」「ジョンが悲しむ」的な物言いは、レノンが相変わらず有名人であることもあって、なかなか廃れないどころか、逆にカリスマ化してる傾向があるね。だから表立って悪く言えない。だから「ビーハラ」もたぶん今後も続いていくんだろう。そんな気はした。

*1:オーガニック的なアレ

*2:そういえば、僕の曲に「悲しみのヘビースモーカー」というのがあるのだが、歌詞の中に、この時期のレノン祭りを揶揄した内容の箇所がある。まさにこれを書いたのは、そういう説教ロック連中が周りにいた頃で、曲にするくらいだから、よほど腹に据えかねてたんだなと思うw

*3:逆に、ビートルズの話題を出すと喜ばれ、おっさんに重用されます