恋する段差ダンサー

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特養ストレスフル

もう3年くらいになりますかね。高齢両親のこともあり、年に3回くらい帰郷するようになったのは。私が長崎から戻ったのは「東京もんの賞味期限が切れたから」などと言ってたけど、まあそれもありつつ。こうやって頻繁に帰郷するためでもあったのだ。

数年前ここで、親や家庭のこと、トラウマなんかを膨大な分量で語ったものだが、何十年ぶりかで年に3回とはいえ、再び頻繁に顔を合わせるようになるとどうなるか。まあ結果から言うと、ずいぶん誤解も解けたり、相変わらずだと呆れたり(主に母親)。次第にお互い腹を割って話すようになったことで、いろんなことが理解できたな。

去年の収穫は「そっちの愛なんかこっちにまったく伝わってねえ」と僕が言い、母から「それはまったく気付いてなかった」という答えを引き出したことだろう。「愛」だけでなく苦しみ悲しみもまったく言わないから伝わってねえよ!と言ったら大変反省していたね。

その流れがあったからなのかわからないが、今回の正月ではもう一歩踏み込んだ発言を母がするようになったので覚書として書いておく。それは父の母に対する態度について「私をバカにしてるから、そもそもああいう態度が取れるのだ」と言ったこと。これも今まで聴いたことがなかった。
父の横暴さ専制ぶりは枚挙に暇がないほどだし、僕も母もいろいろ語ったが、色んな理由があったにせよ、それらのことを僕らに対して躊躇なく出来たのは「僕らを舐めてたから」。これに尽きると母は断言した。すごい。

去年くらいから言い始めたんだけど、僕が思ってた以上に父は「自分の頭のよさ」を鼻にかけた態度だったらしい。ともかく母に対してひどく、それで母が切れて毎晩、流血の大修羅場となっていたのだ。

なぜ母が最近それを言いだしたのかの理由も判明した。父は倒れた後遺症で特養に入っているのだが、身体はともかく 脳のほうは認知症ではない ので、他の入所者とまったく話が出来ず 毎日が本当に辛いらしいのだ。そのことが最近すごくストレスになってきてるらしく、母に当たり散らすようになったのだね。それで母が、かつて自分が父にされてたことをデジャブとして思い出し、全てを僕に語ったというわけです。なるほどね。

さっきちょっと調べてみたんだけど、認知症「ではない」人の特養ってのはないらしい。そもそも「そういう条件で分けるということがない」んだと。頭のよさ自慢の父にとっては、それはつらかろうと思う。しかししょうがないじゃん(と母が毎回父に言う)。

特養の件を調べてたら、認知症も去ることながら、そういう施設というのは「集団に馴染めるか」とか「協調性」とか、そういうことも総合的に判断されるということだから、たとえ頭がものすごくよかったとしても、暴君で協調性のかけらもない父には、そこしか収用出来る場所がない ように思う。その頭のよさを有効に使って「上手く懐柔」したり「所員に楽しくうんちくでも語れば」人気ものになるのに、プライドが高いからそれが出来ないのである。

まあそういう父の姿を嫌というほど、この2年くらい見せられて、母の辛さもわかるようになり、またそういう僕の気持ちの変化を母も悟り、今や「母&私」という共同戦線みたいになって来ているのがおもしろいなと思った。まあそんな報告。というかメモだな。


★関連

karamandarine.hatenadiary.jp喋るぬいぐるみの話ね。

というわけで今回の、また新たな両親のバトルを聴いて「父の気質」が明らかになったわけだけど、彼はどうやら「入手したものについてケアをしない」という性質なのかなと思ったりもしたな。
そういえば父は「人間である母」だけでなく「よく分からない文学全集」とか「歴史研究書全集」みたいのを一括購入しては「まったく読まずに棚に飾っておく」みたいなことも繰り返し行なっており、そういう行為から「人間である母も同じ扱い」だったのであろうと想像がつく。

その辺は、前述のように、今回の正月に母が言ってた「私をバカにしてるからああいう言動ができる」という激しい怒りね。基本的に父の場合「自分のほうが頭がいい」という上からな視点があり、それが「自分に任せときゃいいんだ、おまえは黙っとけ」みたいな「専制的家庭運営」に繋がっていく思想になっていくんやろなと。
そのくせ、生活態度から何から無茶苦茶だったから、こうして後々まで家族に恨まれるわけだ。私も気をつけたい。