恋する段差ダンサー

ハイクの「下書き」をまとめて記事にしています。

ロックはお金持ちの音楽

地下アイドル系のコネクションから繋がった「DJ&ラップ忘年会」に出席してきました。スタジオ風スペースを借り、機材など持ち込みで内輪ライブ。そしてお酒やオツマミも、その辺で買ってきたものを持ち寄り、セルフなパーリー。そういう「文化祭的な」忘年会は久々の感覚だったので、とても楽しかったです。

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というわけで、それを振り返って思ってること。

こないだ「ジミーペイジ来日演奏がどうのとかいう事件*1」で、件の社長が「これからはロック中高年を騙して金を巻き上げる時代だ」などと言って吹き上がってましたけど。

でもこれ私15年前にすでに経験してまして、例の「仏ロックスター*2」ファン会に初めて参加したとき、普段の自分が宴などで使う予算とは「少なくとも2倍」下手すりゃ「桁が違う額」をみんなが普通に使っていることに、恐ろしくびっくりしたということがありましたの。

「こりゃあかんわ、ロックは既にブルジョアの趣味なんだわ」と現実を把握しました。その後も「ロックな方々」と交流を幾つか持ちましたが、ほぼ同じなんですね。金銭感覚が全く違う。そのことに愕然とし…。
まあ、みんな普通に社会人だということもあるけど、それに加えて「その年代の社会福利厚生が手厚い」ということは言っておくべきかもしれません。


ということを踏まえて、こないだのパーリーでみんな「手持ちの酒やら惣菜」で「DJだのライブだの」やってるところにノコノコ私も行くわけですけど、例えばこういうところに「前述のロックな人々」を連れてくることは、生活レベル的にも難しいわけで。

ココでも散々「自分は同世代と価値観や考え方がズレてしまっていた」ということを書いてますけど、これに関して「その辺の価値感覚」っていうか、そういう「経済的価値感」が最も「自分の同年代と剥離してしまった」ところではないかと思ったわけです。

まあ自分も、いい年して「いつまで学生のようなことで楽しんでるのか」と言われそうなんやけど、どうなんだろ。やっぱり「ちゃんと考えて」みても、金銭感覚が「上の方に」ズレてる人とは、今後もちょっと難しいような気はしたなあ。


誤解してほしくないのは「金持ちの消費を否定してるのではない」ということ。

そでなくて「ロックがすっかり貴族の道楽になっている」ところが(成り立ちから言うと)すごいなと思ってるわけです。

もちろんみんな、それだけ働いているのであろう。家族や子供相手も大変であろう。そんな日常のなか「せめて音楽や食事は贅沢に」と思うことは全く否定しないです。

僕がいいたいのは、むしろ、そういう場所に「学生気分の私がノコノコ行ってチープ文化の話をすること」が「既に価値観的に合わないのだ」ということなんやね。

彼らにしてみたら、わざわざお金と時間を使って「今さら貧乏人みたいなことはしたくない」だろうと。
ロックを聴いたり、そういう仲間と食事することは「ハレの場」なのであって、そういう場でわざわざチープなことしてもしょうがないだろうし「非日常で思いっきり贅沢して」また明日から日常に戻るんだ、みたいに思ってるはずでしょ。

そういう場も「社交や仕事の一部と考えてる僕とは違う」んだと。

そういえば老人が何かと切れやすかったりわがまま言うのは、もう希望がないからだ、という指摘があったけど、僕も昔、先輩の坊さんに以前言われたけど「貧乏暮らしも質素な生活も夢があるから意味がある」ということなんだなあと。

意味も夢もないのに「自分が辛かったり苦労するのは嫌」なんだよやっぱり。そういうことを判ってやろうと。

だから僕が「同年代とかとそういうのを共有すること」は「もうない」ことなんです。

少し寂しいけど、でもそういう人生を送ってしまったから」もうないんです。

そういうことを悟ったということなんやね。

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