恋する段差ダンサー

ハイクの「下書き」をまとめて記事にしています。

吹奏楽アンドロイドと「正しいピッチ」教

響けユーフォニアムから、自分の吹奏楽時代のことをいろいろ掘って考えてくうち「戦慄のトラウマ」を思い出してしまい、ひとりで「ああああ」となっている心理状態で書き連ねた雑感。*1


というわけで「空手女子アンドロイドと正しいピッチ*2教」の話です。


なんで僕が、一時期そういう「偏った考え(正しいピッチ教)」になってしまったのか。その根本の理由を思い出してしまったのです!すっかり忘れてたんやね…。というか「忘れたかったから脳の奥に仕舞ってしまった」のだろう。

細かく書くと辛いから簡単に書きますと、長崎にツアーでやって来た「マリエさん」という歌手との出会いだったのだ。
…もっと言うと「マリエさんを巡る周りの対応と僕に起こった出来事」が、その後の僕の「長崎に対する悪感情へ繋がっていった」のだった。全てはそこが始まりだった。そこまでは楽しくやっていた*3

「マリエさん」との出会いは衝撃的だった。
彼女は アンドロイドでもあり人間でもあった究極のシンガー だった。

長崎移住後「のほほんと」音楽制作をやっていた自分は、マリエさんの実力と、この時に周りで起こった出来事に、かなりの衝撃を受け、ガツンと活を入れられた。プロの歌手というもの、ココまでのレベルでなくてはいけないし、何より「長崎の人々が認めない」のだ。それまで地方都市レベルをナメてたところもあったが、とんでもない。田舎の人々の、フレンドリーさの奥に隠された「底知れない怖さ」を味わった最初の出来事だった。

コレは本当に悔しくて辛くて悲しい出来事だった。コレがキッカケで「負けるもんか!」という強い感情が自分の中で起こった。そうして歌に対する、いささか偏執的とも言える「ピッチや正しさへのコダワリ」が自分のなかで生まれたのである。

…今思い返しても本当に辛かったなあと思うが、でもこの出来事がなければ、その後に起こった様々な事件、知人女子の放火事件とか小國氏の苦悩についてなどを理解することも出来なかったかもしれない。辛いことがあればあるほど、人の心の痛みをわかってくる。そうしてちょっとずつ僕は人間らしくなっていったのである。そういう意味では、かなりの荒療治ではあったけど、洗礼としては正しかったのかもしれない。

 

まあそんな長崎時代のキツーイ洗礼から「自分のコダワリが開始されましたよ」という思い出話なんだけども、最近になってまた、そんな「正しいピッチやアンドロイドについての考察」をし始めたのは「いったい何故?」なのか?

理由がありました。

実は私のファンだった「みとまっくす氏(id:noitats)」が、先日、僕とユリとのコラボ曲*4を聴いて「maicouイズムの正統な継承者はユリだ!いよいよそういう子が現れた!正直、焦った!」と言ったことが始まりだったのですよ。

それを聴いて「いやーそれは嬉しいけど、自分的にはちょっと違う気もするんだよなー…」と考え始めたところから「あのコラボは何だったのか」と考え始め「日向文イズム」という話に繋がっていき、吹奏楽時代も絡めて、空手女子の楽器アンドロイドの話になっていったのだ*5

まあしかし。楽器にせよ歌にせよ。基礎はどんな場合でも重要だが、でも 正しければいいってもんでもない。さっき「いささか偏執的」という言い方をした。必要以上にそこに拘ることは、ある種の信念というより宗教的なものを感じる。ある意味「危険思想」でもある。つまり諸刃の剣だということ。

実はそれは、過去に僕自身が「ミュージックマガジンの評論家から言われたこと」でもあるのです。当時の私、音源制作に必要以上に完璧を求めていた。それがサウンドに反映されていたのだね。
そして、その曲に対するレビュー。「綺麗に出来ていますが何も伝わってこないねー」的なことを某ライター氏に「誌面で」ガツンと書かれた。

その時は「クソ氏ねや」とかも思ったけど、でも「一理ある」んよね。そう思ったから「そうでないものを作るために」その後、試行錯誤しつつ、何年もかけて頑張ったわけです。

こういろいろ考えていくと、自分の人生に於いて、どの登場人物も「この人は正しい、この人は間違っている」みたいな区別はできないのね。それぞれが自分の信じるママ生きてるんだから、それにダメ出しなんかできないです。

★緊張感のある歌

改めて書きますが。マリエさんは、それはもう「完璧な」アンドロイドでありました。そして生きた人間でもありました。そういう「究極のシンガー」だったのです。後に私は、日向文さんというシンガーを発見するのですが*6、当時の僕の中では彼女は「マリエさんに次ぐランク」でした。あの経験以来、自分の中で、全ての女性歌手が「マリエさんを基準値として」判断されるようになったのです。

マリエさんタイプのパフォーマンスから僕が感じるのは、どれも「緊張感」だった。
そういえば僕も「緊張感ある」と言われたことがある。知らないうちに自分も「そこを」目指していたのだろう。一応それを言われたときは褒め言葉として受け取ったけど、今思うと、それは果たしてどうなのか?みたいに思う部分がある。答えはまだ出ない。永遠に出ないかもしれない。また考えていく、ということかな。

 
さて。
長崎を去ってきた今、再び当時のことをいろいろ思い返してみると、彼女の歌に関する感想は「すごかった」だけで、実は「曲の内容はあまり覚えていなかった」ということに気づく。
他の人はどうだったのか判らないが、少なくとも僕には「すごい!上手い!綺麗!」という感想以外になかったのだ。

例えば、その後に僕が好きになって聴いた日向文さんなどと彼女を「いま」比較してどうか。マリエさんよりは技術的には少し劣るが、メロがキャッチーでちょっと歌詞に毒がある日向文のほうが、頭に引っかかってるところがあったりする。

他にも例えば当時聴いてた「ゆり花さん」もやっぱり違うもので、歌の技術はさほどじゃないけど「楽曲がちゃんとしてるから」ゆり花さん曲もちゃんと残ってるわけであり、それはアイドルに楽曲採用されたことからも実証されてる(本人バージョンのほうが全然よいけど)*7

まあ「楽曲とか歌詞の出来ガー」と言っても、突き詰めればそれは「単に好みではないの?」ということになるけど、カバーだといいのにオリジナルでは「上手いね綺麗ね」という感想しか残らなかったのであれば、それはやっぱり「問題の根本は楽曲にあるでしょう」ということになってしまう*8。あくまで個人的感想ではあるが。そこは「なるほどなあ」と思ったよね。時間が経ち長崎を去った自分が、今の感覚と耳でマリエさんを評価すると「そういうこと」になる。

 

結局「楽曲派」であると。
楽曲こそ「価値の第一義的なものである」と。

東京に戻った私は、感覚も「そこに」戻ったのである。

しかし。地方都市でそういう「楽曲主義」をやると、それを都合よく解釈した「努力をしないどうしようもない人たち」が「下手でもいいのだ」とばかり押し寄せてきて大変なことになる!というのも、実に「あるある」で、私も散々ブログやらハイクで書いたよね。

そして「そのことを」地方プロ歴が長い音楽家は「よーく知っている」。

なので。やっぱり田舎じゃ常に厳しく「テクニック至上主義に軸足を置いてないとダメ」なんだなあ、という結論に着地し。

でも自分としては、かつて散々嫌な目に遭ったブラック吹奏楽時代みたいな方針に、結局自分も屈してしまうのかと。そんな「昔の自分みたいのは嫌だ!」と。

そうなると自分は「どないせえちゅうねん!」みたいに、もう詰んでしまうわけで、そうなると「もう田舎ムリ!都会に戻りま〜す」という結論しかなかった、ということになってしまったのだな。 


 ★地方都市で詰むと「縋る」

 

まあそういうわけで、長崎にいて「上辺だけ繕ってればいい」的な人々に囲まれて、徐々に孤独になっていった僕は、そうなっていくにつれ、どんどん色んな物に縋(すが)っていくようになったんだと思う。

それが当時、小國雅香さん*9に提示された「ちゃんとする教」でもあるし「正しくて上手くなければいけない教」であった。まさしく「ブラック吹奏楽」時代の方法論だったのである。アンドロイドであり人間であることを目指す。

今振り返ると、その信条は「依存であった」とも言える。そういう「強く厳しい信条」にでも縋らなければ本当に病んでしまっていただろう。何度も言うが、小國さんらに酷い目にあったということは事実だが、しかし地方都市で音楽活動している「その気持ちだけは僕もわかる」。

だから、あの土地から「逃げられない彼女たち」には同情しているし、こうして脱出して来れた僕はラッキーで恵まれた人生だと理解してる。

長崎だけの話ではないね。
きっと似たようなことは、あちこちで、どこの地方都市でも起こりうるだろう。
好きで住み続けているのなら構わない。だが閉塞感の中で逃げ出せない人もたくさんいるのだ。

みんな「嫌だ」と思いながら 土地から離れられない
その環境を 抜け出すことが出来ない

それは例えば「勇気がないのね?」とかいうような問題では「無い」のです。経済的な問題や親の介護問題とか、そういう現実的な理由で「それができない」のです。「住んでいたくて住んでいるわけではない」。しょうがないからそこに住み続け、そして愚痴を言い続ける。「そうする以外にないから」だ。

だから「嫌ならやめればいいじゃん」「嫌なら出て行けばいいじゃん」と他人事のように言える人は 恵まれているのですよ!と。

それでも僕はずいぶん、しっかり面倒みたほうなのではないかなあ。大概の「馴染めなかったヨソモノ」は3年くらいで「こんな街に居られるか!」と捨てていくんだし。でも僕は「7年」住んだのだから!


長崎当時、縋っていたのは現実の「プロ的音楽家的な信条」だけではありません。
実はSNS上の交友関係もだったのね。地方都市で「最新情報に疎い」実感があった私は(たぶん他のみんなも同様)、ネット上などで繋がっていたりフォローしてた首都圏住みの人たちとか、情報を「とても大事に」していた。

面白いことに、東京にリターンしてきたら「これら」は自分にとって「第一義的なもの」ではなくなってしまったのが、自分でもびっくりした。
例えば長崎当時「こういうの見に行こう!こういう人に会いに行こう!」などと考えてたもののうち、実際に東京リターンしたら、80パーセントくらい「その気が失くなってしまった」よw
そして FBやツイッターの繋がりもずいぶん整理することになった。地方都市に住んでたときは必要でも、こっちに戻ってくると「もう必要のない情報」とかがあるんだね。*10

 

★若者の価値観

 
まあそんな閉塞感もあるような地方都市ではありますが、たまたまネット上で先日から「こじらせ女子の上昇志向」みたいなことが話題になってたけど、この「上昇志向」という概念そのものが「ある年齢を境に」下の世代は薄れてないですかね?
先程書いたような理由で、そういうこと簡単に出来るような時代じゃなくなったというのもあるけど「若い人のほうが身の程を知ってる」というか「起きて半畳寝て一畳」を身体で理解出来てるというか。

なので、コレは私の長崎時代以降の持論なのですが、長崎でアラフォー以上くらいの人が「この街大好き」というのは「ほぼ大嘘」だと思ってるけど、逆に30代以下くらいの人たちの言う「この街が好き」というのは「本心だろう」って思ってる、というのがあるんですね。

それは実感として思ったよ。そう思ってるのが一番幸せなんだよね。個人的には、そういう人が街の主流になるべき!だと思ってます!そうすると街も変わっていくのではないだろうか。そうして音楽家も生きやすくなっていく。

 

★「セッション」的なもの。

こないだツイッターでたまたま読んだけど、今でも学校教育の音楽演奏指導は体育会系のシゴキ(言葉による暴力含む)が主流らしいということで、ちょうど「セッション」という映画も話題になってるけども、こういう世界は変わらんのやなあ、と思って驚いてるところ。

結局「ブラック吹奏楽」を長年やっていたけども、今も当時と同じだとすると、最後の最後まで吹奏楽関係の人とは心は通じ合わなかったということなんだよな。
まあ当たり前なんだ。「楽器を上手くなる」部活であり「大勢で合奏する」部活なんだから、「どっちも重要ではない」と考えてる僕が合うわけない。思えばジャズ学校みたいのも、その延長上の価値観だし、空手女子だって一緒だし。そういう「脳筋アンドロイド」な音楽をする人とはことごとく合わないんだな。

そのツイッターのやりとり読んでもらえるとわかるけど、今でもそんな指導があることに僕が驚いて元ツイ主に話しかけると「その先生もそう指導されてきたのでしょう」というレスが来た*11

これはまさしく負の連鎖であり、暴力の連鎖でもある。DVも一緒やね。

で、僕がここでこうやって執拗にいろいろ書いてるのは、やっぱり、過去に先輩や上司や仲間から散々(指導という名目で)罵倒されたことへの「報復」としてやってる部分がかなりあると思う。僕は「今でもそれらを決して許していない」ということなのだな。

普通ならそれが「連鎖」だから、例えば自分の子ども達とか「弟子」などに対して向かうわけだけど、僕は幸い FBとかで当時の知人などと触れ合う機会があったから、自分が当時された相手に対して「直接」塩対応で応酬することが出来た*12

「今さら友達のフリして近づいてくんな」というのは、僕の曲の歌詞でもあるけど、まさにそんな感じ。やられた方は忘れてませんから。ということだね。
…なかなか厄介な気質ですが、まあしかし、それが創作のエネルギーやモチベにもなってるんだから、しょうがない。というか今はそういう感情を、むしろ「利用して」作ってる部分もかなりあるのでw

 

以前僕は「自分はたぶん、小國氏に洗脳されていたのだろう」と書いた。つまりそれはパワハラの連鎖という意味でもあったのだ。僕の中に、このような理不尽な先輩や親に対する恨みが残ってるわけだから、それが僕の下の世代に対して連鎖として起こる可能性は常にあったと思う。僕にはモラハラの傾向がある、と以前も書いた。

長崎で、自分のやり方で若者を育てようと試みたが、それを所属アーティストの一人だったクズ野郎に「悪用された」ことで、僕の理念は頓挫し、僕自身かなり傷ついた。
またどんなに頑張っても、結局は「サーカスみたいな曲芸が喜ばれる」という田舎の現実にも落胆していた*13

そういった経験から、カウンターとして「真っ当な音楽家である」ユリや小國氏に近づいたのだ、という話は、以前のエントリで書いたとおり。

そういう自分の中に付け入ってきたのが小國氏の思想=かつての「脳筋楽器演奏習得法(楽器アンドロイド)」だったということなのである。

つまり、それらの経験から自分の中に迷いが生じた時、かつて自分がやられて嫌だったはずの「先輩の理不尽なシゴキのような指導」も「実は必要悪だったのではないか」というように、自分の考えが揺れてしまったのだ。

で、当時と違い「今の僕には」耳の能力に実力や立場も備わっていたから、それ(ハラスメント)を遺憾なく発揮できた。そうして「正しくなければいけない」教が脳内を占めてきたのである。

そうすれば今後、自分を悪利用されることもなくなるし、マリエさんのときのような仕打ちもされず、今度こそ長崎のみんなも自分の実力を認めてくれるだろう、というように考え方が変化してしまった。
いま思えば、それには小國氏の「絶妙な誘導」も有効に働いたに違いない。というか、むしろ僕の方も進んで「そうですよねー」と賛同して入り込んでいったように思う。


かつて小國氏に、氏の生い立ちなどをいろいろ伺ったことがある。彼女の母親もまた彼女に似て大変厳しい人だったようだ。また彼女が師事したピアニストも厳しい気質の人だった*14
また彼女の前夫というひとも大変な人だったようで(DV)、つまり彼女も連鎖なのだった。そんな話を聞きながら、自分もいつしか「わかる!わかるー!」とばかり「彼女の世界にハマって」いってしまったのである。

そう考えると怖いね。あの311の翌日、小國氏ライブレコーディングに於ける「音源盗難事件」がなければ、僕は今も気づいてなかったかもしれない。あの事件で「こいつら何なん?」と思った瞬間、僕は「彼女の洗脳から解けた」のだった。

それでも自分の中に一旦甦ってしまった「そういう感覚」がすべて消えるのは難しかったのである。
結局「A&R耳で全てをジャッジしてしまう癖」はその後も残り、それがユリや日向との出来事に繋がっていく。

 

★響けユーフォニアムとの関連。

そういえばちょうど今、吹奏楽アニメやってるんだった。その内容と合わせると僕の言いたいことが判りやすくなるだろう。増田にもエントリーがあった。リンク先の元記事とともに参考にされたし。
seagull.hateblo.jp

anond.hatelabo.jp

 

まあ今までの僕の文を読んでてわかると思うけど、小國氏と僕は共依存になりかけてたんだと思うな。
実際僕は、ライブ音源事件の前にも、ずっと「距離を置かねば!」と常に考えていた。依頼された仕事がなかなか片付かなかったので関係もだらだら続いたが、本心は「さっさとケリを付けたかった」のだ。なぜなら、似たものどおしの共依存になってしまうだろうことが目に見えてたからだな。

 
コレは自分の特性なのだが、小さい頃から「両親のご機嫌伺い」しながら生きてると、他人の心を読むのに長けてくる。読みすぎて勝手に決めつけて思い込むこともあるけど、だいたい8割くらいは当たっている。
特に「他人が自分に対して興味が薄れてくることに敏感」になる。つまり「人が去っていく気配」。ああ、この人も離れていくのね…みたいに感じるね。

たぶん彼女も、そういう風に長年生きてきたんだろうな、と感じた。僕の心が彼女から離れていくのを察している様子があった。だから逆に縋ってきたし、だんだん「無理難題」が多くなった。今思うと、あれは僕を試していたのではないだろうかと思う。つまり「試し行動」だったのだ。

そう考えると、もともと「お互い組んではいけない相手」だったのかもしれない。


気持ちを読んでしまう、ということではユリのことも思い出す。共演した正月ラジオから一転、僕との共演動画を「彼氏」が発見し、彼女と僕が「仲睦まじい」ことに嫉妬し、ユリは「彼氏にこっぴどく叱られ」一気に僕に対する態度が硬化してしまった。

僕は彼女の実力だけでなく「メディア」力も買っていたから、彼氏の監視がきつくなることで、僕とのコラボについて、彼女はSNS上で言及しづらくなるだろうと直感した(その通りになった)。

そう予測した時点で、僕の彼女に対する熱も冷めたんだよな。彼氏の横やりで、彼女の気持ちが僕から離れ「誰も注目しないコラボ」になってしまい「そんなものをわざわざ作る意味なんかあるのか?」と思うようになった。

だから本心では「完成させるの超めんどくせーーー」であり、そんな気持ちのまま嫌々仕上げたので、すごいストレスになったし、完成も予定よりずいぶん遅れた。そんな子守みたいな世話は「もう金輪際いいわ!」と思った出来事でしたな*15

 

f:id:maicou:20180723223149j:plain

★ 縋る話と依存について。

吹奏楽もそうだけど、団体の指導者*16っていうのは、この辺の「依存力」を上手く操るのですね。

「偉い人に目をかけてもらうと嬉しい!」

そういう生徒側の気持ちがまずあって、吹奏楽指導者側は「自分の期待通りに行動してくれた時に限り」そういう生徒を認めてあげる。生徒側は自分を見てほしいから「指導者の言いなりに動くようになる」という「コントロール」です。
これは洗脳の一般的な方法だよね。そうやって団体指導者は「みんなの心を掌握」していく。

こうして空手女子のようなアンドロイド楽器奏者が完成するわけだ。

おそらく長崎時代晩年の僕も、小國氏などの影響に依って、こういった思想になってしまっていたのだろうと思う。例えば僕がやっていた「自分がいいと認めた相手のみ褒めてちゃんと接してあげる」というやり方は、人心掌握術の基本であり、それは即ち、人身コントロールでありモラハラである、ということなんだな。

まあ、こういうの、諸刃の剣なのね。「指導するには楽」なんだよなあ。結局僕も、その甘い味を知ってしまったんだろう。
いや、元から知ってたんだ。高校時代にすでに。で、嫌だったけど、地方都市で詰んでしまったあとは「そうする以外になかった」という長崎時代の屈服の顛末だったというわけね。 

 

★指導者との恋愛問題 

相手の気持が離れたな、と察した時、僕とユリの時のように「冷めて」しまえば、それで問題はないんだけど、離れて行かないで!と縋る人の場合、厄介になるでしょ。吹奏楽みたいなところでは、そういう依存的な人が多い傾向にある気がする。だからアンドロイド化も上手くいくんだもの。

実際問題として、私自身が現役の時代から「今現在に至るまで」、そういう指導者と生徒の恋愛沙汰というのは、本当に枚挙にいとまがないほどあります*17

生徒としては、いろんな気持ちが混ざってしまい「指導者の人格まで好きになってしまう」のね。だから不倫も多いし、生徒と結婚とかもよくある出来事。ほんとに多いです。絶対にある、と断言してもいいくらいw

で、いま書きながら思ったのだけど、プロとアマの差というのは、こういう「気持ち」がコントロールできるか否か、ということではないかな。

プロの楽団が「いちいち指揮者に惚れてまう」なんてことあったら大変ですよね。そこをコントロールできる人、ちゃんと 自分を鼓舞しながら自制できる人

役者と一緒ね。キスシーンやった相手をいちいち好きにはならない。でもその瞬間は「仕事として疑似恋愛」している。

合奏指導も同じだと思うな。そういうことを混ぜてしまうような未熟な精神状態が問題を生む。そして、先生カッコいい、好き!とさえ言ってればオトナも喜ぶ、みたいな感違いヨイショも通用してしまう、と。

  

anond.hatelabo.jp


まあつまり、この増田氏も追加で書いてるように「個人崇拝、敬愛、そして恋愛」というように進んで行きがちなのである。


ジョンレノンはアイドルとして散々こういう目に遭ったので、晩年に「個人崇拝すな」というメッセージを遺している。
つまり、大事なのは「教えや指導そのもの」であって、それを授けてくれる 個人(先生)ではない という考え方。
尊敬の対象が「その本人」に向かうのではなく、「その教え」そのものに向かうべきであり、それを元にして「自分も自立しろ」と説いてるのね。

この彼の考えは、依存気味の僕にとっては常に戒めとなる素晴らしい言葉ですね。個人崇拝しちゃいそうw


民主的吹奏楽の話で「合奏というのは合議制なのか、専制的なのか」という話を書いたけど、僕は常に「1対1のコラボ」という考え方で相手と接してたため、その関係が未熟だったユリとは、結局不成立になったのだ、と今あの顛末を思い出してそう考えてる。

僕自身がほんとにヘタレだったので、僕「ごときが」出来ることなら「誰だってできる」などという楽観思想で、相手をブラック的に追い込んでしまうんだ、という話も別記事で書いた。

今思えば、自分のそれら考え方の根本には「吹奏楽指導者のような、相手をコントロールするようなやり方は悪である」というものがあり、だからこそ自分は「そうならないよう常に自制している」ということなんだろう。

だから相手に「自発的にそうしてほしい」と常に願ってる。それはつまり「モラハラ的」なものになるんだろうと。


空手女子のヴォーカロイド化の話からずいぶん長編になった。最後の最後に「タイムリーな吹奏楽」の話でよかった(響けユーフォニアム。オンエア中。)

*1:関連は、この前後のエントリーを参照してください

*2:音程

*3:もう時間が経ったので詳細書きましょう。マリエさん初長崎ライブの際、私が「急遽」オープニングアクトをお願いされたのです。正直そういうのやりたくなかったのですが、無名の来崎アーティストで集客も望めず困っている…と言われて承諾しました。
当日になってみると、いつのまにかもう一組タイバンが居り、更に、当初「何者か全くわからなかった」マリエさんという方が、実はとてつもない能力の持ち主で、しかも「ビジュアル的に完璧!」ということがわかり、お店を取り巻く人々(主に50代男性)の態度が180度変わりまして、私たちは完全に「添え物」扱い。つまりマリエさん一人でじゅうぶんスゴくて、私へのオファーなど不要なレベルだったということ。
その後も、お店の人をはじめ関係者全員が「マリエさん最高!」と周りを取り囲み。始終持ち上げ三昧で、同じ出演者である私のことはまったく鑑みられず。しまいには「打ち上げ行こうー!」と彼らとマリエさんだけで去って行ってしまいました(私に声を掛けなかったのは、悪意はなく単に忘れてたんだろう)。
マリエさんのピッチや感覚はたしかに素晴らしかったです。自分も「同じ歌手として」話くらいはしてみたい、と思っていた。しかしみんなの輪に私が入る隙がまったくなかったのである。
それまでは私も彼らに「いいですねー」など気に入られていました。しかしこの出来事で「それは社交辞令では」と思うようになり、この人たちのことが信じられなくなった。そして自分の中の「長崎人」の印象も180度変わってしまった。
単なる妬みでは?と思われても構いません。だとしても、あれはいくらなんでも、同じライブに出演したアーティストに対する態度ではなかった。後日ミクシー日記に、少し柔らかめに批判を書いたら「お詫びする」と謝罪があったが、一度離れた気持ちは二度と戻ることはなかった。

*4:日曜日は大キライのカバー

*5:このエントリーで詳細 → Back to TOKYO

補足しますと、マックス氏の指摘は「長崎時代には」正しかったと思う。東京に戻ってから「実はそうじゃなかったのかもだなあ…」と気づいたということです。

*6:以前のエントリーを参照

*7:寺嶋由芙「80デニールの恋」

*8:私はこれを説明するのに、いつも例として森口博子さんを出す。彼女は声もよくとても上手い歌手だが、実は「そうであるが故に」なかなか評価を得られなかった。歌に癖が無さすぎてスルッと流れてしまい耳に残らないのである。彼女に適した楽曲を与えられる必要があったのだ。

*9:長崎在住プロのジャズ系ピアノ奏者。私は2曲をレコーディング担当。上手い人だった。

*10:これおもしろいんだけど、FBもツイッターはてなも「移住前にはやっていなかったもの」なんですね。存在もしてなかったし。どれも長崎時代に始めたもの。そう考えると「ずいぶん長く住んでたんだなあ」と改めて思うよね。

*11:高橋健太郎氏。何故かこのブログによく登場するw

*12:そういえば先日、母校(湖陵高校)の創立100周年記念同窓会みたいなものの案内が来たんだが(同期の子が幹事をやっていた)、当時の連中に「直接」会ったら、自分は冷静でいられる自信ないと思ったな。もちろん行かなかった

*13:田舎もんにサブカルは判らないのである。

*14:もっともこれは当時では普通。日野皓正事件を見よ。

*15:といいながら、彼女と僕の「最も素晴らしいコラボ」は、ちゃんとリリースされている。「愛と平和の街」である。これこそがユリである。

*16:宗教もであろう

*17:吹奏楽の指導者はどこでもモテモテです