恋する段差ダンサー

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「萌え」でオタクが「イタリア人」化される件 〜 10年目の完結編

まずは私が書いた昔のブログの名エントリを。 

d.hatena.ne.jp


なんと現在、ここから10年!経ってるわけですよ。自分もはてな歴長いんですね…。

 

で。

今回たまたまなんですが、以下のようなツイートをしてる方を発見したのです。

 

これを読んで、自分が10年前に危惧してた将来のオタク*1の姿。実際の今どうなってるかというと、見事に私が予想したとおりというか、むしろ実際はもっとひどくなってる気すらする、と思ったわけですね。

僕は子供時代から、自分自身がずっとイケてない系男子であり、ウェーイ系でもなくスポーツも出来ず、所謂オタク*2だったことから、自分と同類であると思われる虹系オタクの皆さんにも少なからず親近感とシンパシーを持ってきました。また、そういうふうに育つのは家庭環境も大いに影響あるだろうと思い、酷いDV家庭だった自分のことを彼らに重ね合わせて、同士みたいな感覚すらありました。

ところが実は違ったのですよね…。

 


僕が子供の頃や若い頃は、今以上に「オトコは男らしく」みたいな、日本全国が九州であるかのような価値観が主流でした。そういうものに価値観を見いだせなかった僕は、そういう世界に混ざることが出来ず、彼らに合わせることも出来ず、辛い子供時代を送った。そうしてやがて、自分が生きる世界の価値観は自分が決めるしかない、と開き直ったわけやね。

「男らしいもの」という価値観の反対にあるものは「女らしいもの」やわ。子供の頃から女子に惹かれてた私は、彼女たちと話していくうち、男系社会に於けるマイノリティ「女子」として、どう生きていくか、日々四苦八苦したり試行錯誤したり、そのように戦いながら過ごしているのだという事がわかったわけです。

僕は女子ではないし、性的にも完全にストレートな人なんですけども、そういう「女子の人たちが、この先生きのこっていくためのノウハウ」は、男らしくなくホモソーシャルに馴染めなかった「主流ではない男子」である僕にも応用できるのではないかと考えた。それに気づいたのは17歳くらい前後だった気がするのよね。部活の後輩女子からたくさん相談とか受けてね。そんな事があるんや…大変なんや…みたいなところから始まって、ちょっと待てと。これって自分にも当てはまるのではないか、と。そういう気付きがヒントだった気がします。

日本はずっとホモソーシャル的な価値観で牛耳られてた社会ですから、ともかくサラリーマン系おっさん、具体的には新橋で飲んでるような人々っていうんですかね、そういう人種が一番楽しいように、得するように出来てたんですよ。雑誌も新聞もそう。だから電車内の広告や、スポーツ新聞とかも平気で胸が出ていたりとかが普通になってた。

本来であれば、そういう主流から外れた僕らは、そうではない新しい価値観を提示して、別な社会のあり方を提案すべきだったのよ。少なくとも僕はそう考えた。それには「女子的な考え」が非常にヒントになるだろうと。サバイバーである彼女たちの生き方に、たくさん学ぶことはあると思ってたのね。

ところが、実際に反主流系男子がやりたかったことは、もともとはオッサンが支配していた、それらの既得権益を自分らが奪還することだったのよ。エロもウェーイもお前らだけの特権じゃないんだぜと。逆襲だったのよね。そこで2次元エロの反撃が始まり、数の力でどんどん旧おっさんホモソ的なものを脇に追いやっていったの。

これは一見新しそうに見えるけども、まったく新しくない。つまりオッサン向けのエロ広告とかが、単に虹の「駅乃みちか」とか「碧志摩メグ」みたいなものに置き換えられたにすぎないの。しかも彼らが、旧弊オッサンよりタチが悪いのは、それらの表現について「エロくない!健全な表現!」と言い張ってること。そんな主張は極めて悪手で逆効果にしかならないのに、自分の性欲に気付いていないとでもいうのか?*3

結局。かつてのおっさんホモソーシャル系のエロ表現であったセクシー女優系が、彼らによって虹に置き換えられ「自分自身の性欲にすら自覚を持てない虹系男子ヲタの人々」に既得権益を奪取されてしまった、ということに過ぎなかったのだと。

これには心の底からガッカリして、結局お前らの欲しかったものは、自分らが楽しく生きられる世界かと。自分らだってホンの20年くらい前までマイノリティで迫害されてて生きづらくて苦労してたはずなのに、手に入れたかったものは誰もが生きやすい新しい価値観の世界ではなく、旧オッサンらが支配してたホモソーシャルを自分らの世界観で占領することだったのだと。そう思ったのだな。

私が考えてた、同じマイノリティどおし、別な価値観で新しくやり直しましょうよ、みたいな「お花畑みたいな希望」は完全に幻になったわね。

ただね、昔と今が違うのは、かつての弱者だった女性が力をつけて発言力も機動力もあるからね。世論も味方しているし。そうすると、旧弊な社会感を支配して「やったぜ」とか思ってる人々は早晩行き詰まる。このまま進めば10年後の姿は完全にただのキモい老害に成り下がり取り残されていくだけであろうと。

上のツイッターで書かれてる内容。

もっかい反芻しますけど。

"男オタク、「黒髪大人しめ清楚なら僕でもアプローチ出来るかも!」的な期待がサークラに破られ、「活発ギャルに明るくアプローチして欲しい!」的な妄想に逃げ、とうとう「ママー!」と「ナニもせずに受け入れられたい欲」ダダ漏れにしてるけど、それリアルで求めると一生童貞なんでマジ気を付けてな…"


結局どこへも行き場がないんだわ。
でもそれは自らが欲した世界でしょ。
もう僕は知らない。

というのがココ最近の私の悟り。


★関連

 

karamandarine.hatenadiary.jp

*1:オタク。或いはヲタの定義については現在いろいろある。10年前の価値観としても定まっていたわけではないが、個人的にはココでの定義としては「男性であり、かつエロ系2次元マニア」を指していたし、一般的には、それプラス声優ファンやロリ系嗜好を指していたと思われる。

*2:一般的な意味での「インドア派であり偏執的で、マニアがいっそう濃くなった状態」を指す

*3:個人的にはこの主張が一番キモかった