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恋する段差ダンサー

ハイクの「下書き」まとめ。まだまだ深く掘っていきマスク。

P.S. ダイヤランドにて。

7年間住んでいた長崎。最初の1年だけ、事情があって、市内ではなく三和という山奥に住んでいた。交通手段はバスしかない。だらだら40分〜50分ほど乗る。お陰で iPod大活躍であった。
市内から三和方面に行くバスは、いくつか種類があったが、その内のひとつに「ダイヤランド経由」というのがあった。初めて聴いた時、不思議な名称だなと思い、何かの娯楽施設とかなのかなと思ったが、実際に通ってみると、ただの団地だった。そのバスに乗ると、途中からメインの通りを外れて曲がり、どんどん急坂を登って山の上に行く。そんな、仙石原みたいな高台のてっぺんに住宅地が開発されていたのだった。最初は名前が覚えられず「ダイヤモンド・ランド」などと言っていた。高台だし夜になると夜景が綺麗そうだな、なるほどキラキラ光るからダイヤモンドなんだろうか、などと呑気なことを思ったものだ。 そんな話を知人にすると大いに笑われ、「バカじゃないのw 三菱だからダイヤなの!」と言われた。そうだった。長崎は三菱の城下町なのであった。

最近の日本の動向などを考えるうち、ふとロシア革命のことが気になり始め、いろいろと調べていた(こんなサイト)。同時代、というか幕末あたりから明治までをいろいろ掘っていくと、やっぱりそこは岩崎弥太郎に到達するのである。ある意味政商というか、悪い言い方をすれば武器商人のような岩崎氏と三菱。長崎では三菱関係者が一番偉いとも聴く。

僕のようなヨソモノから見ると、戦艦武蔵まで建造していた三菱城下町の長崎、そして原爆が投下され平和運動が盛んな長崎、そのような相反する事実が同居する街は、どこか歪で不思議な感じがしたものである。「軍都」長崎で「平和を語る」ということの意味とはなんだろうか、と今一度いろいろ考えてしまった。
平和熱心な町の人々の主張を見るにつけ思っていたことがある。被災された方々が、思いのほか顧みられていない、ということである。たぶん政府とか、対象となるそういう相手が、彼らの主張をしっかり受け止めきれていない、だから、その相手に対して、言いたいことや不満がたくさんある、だから主張し続けているのではないか。観光や造船業といった産業に比較して、平和に関することや、被災者の方々に対するケアなどが、まったく足りていないのではないか。そんな気がしたということである。
そのへん突き詰めていくと、実はグラウンド・ゼロは「長崎ではなく浦上」という事実があったり、クリスチャンの多い土地柄、被災モニュメントである浦上天主堂が残されなかったことの事情など、「ダイヤランド・長崎」と「受難の街・浦上」との微妙な関係が浮かび上がってくる。結局その辺、体よく丸め込まれているような気がして、そういう部分がやっぱり一番の納得行かないところだったんじゃないかなあ、そしてそれが現在まで続いてる平和運動の根底にずっとあるのではないのかなあ、と思ったりしたのであった。

街の成り立ちや歴史、住民気質などについて、町の人々から僕がよく聴いたことのひとつに「ココは天領だったからプライドが高い人が多いのよ」というのがあった。確かに、何かというと江戸時代から幕末を語りたがる人も多いのである。実のところは長崎の本領は明治からの歴史にあるが、そうすると必ず岩崎氏のことに触れることになるので、あまり口にしない、というような印象があった。なるほど、そうすると、昨今無闇に「坂本龍馬推し」なのも納得がいかないでもない。龍馬を推すことで「岩崎推し」に偏ることに少しでも抵抗してるということなのかも知れぬ。
三菱関係の人で平和運動もしてるヒト、というのは果たして居るのであろうか。最近ちょうど、世界遺産の件で色々あったけど、今回の一連の認定は、つまり「富国強兵の肯定」路線ということにもなるだろうね。そうすると平和運動とは、ますます相交わらないものである気がするのだが、街としてはどうするのであろうか。

そういえば移住してすぐに驚いたことがあって、それは「長崎には三井住友銀行がない」ということだった。移住前の東京時代、僕は三井住友の口座をメインで使っていたので、移住後、預金が無料で下ろせなくなってとても困った。しょうがないから、しばらく使ってなかった三菱東京UFJの口座を復活させた*1。あとは、街なかに無闇にローソンが多い。これも三菱商事だからね。よくよく考えると、いろいろと納得することが多い。あまり気にしてはいなかったが、実はそういう街(企業城下町色の濃い)なんやなあ、と改めて思ったな。

まあしかし複雑な思いはあるものの、実際僕は、ディスプレイは三菱を長年愛用しておりますし、また古のオーディオマニアの間で「ダイアトーンのスピーカー」は名機とされていたのでリスペクトの気持ちもある。また、あまり大きな声では言えないが、この企業を狙った悲劇的なテロ事件の主犯が、実は僕の出身高校の先輩であったという事実があり、贖罪の気持ちも多少抱いている(まったく無関係ですが)。そんなことを複雑に考えつつ、また来る夏のことを想うわけです。

*1:余談だけど、この口座はテレビ局時代の給与振込先として開設したものでして「麹町支店」という東京のド真ん中の口座だったものですから「さすが、いい場所の支店で口座持ってますねー」とかよく言われ、ステイタスとしてずいぶん有効に効きましたw