恋する段差ダンサー

ハイクの投稿をまとめて記事にしていました。

まっすぐな aiko スイッチ


遂に特集した。僕が彼女を好きだと言うことは自分のアルバムが完成するまで誰にも言わなかった。言ったら魔法が解けてしまう気がした。 2000年代前半の僕は彼女の歌が全てだった。彼女のようになりたくて、彼女のように歌いたくて、彼女のように表現したくて、そして、そんな才能を持った彼女のことがとても疎ましくて、妬ましくて、悔しくて悔しくてしょうがなかった。大好きだけど、絶対に負けたくなかった。そして、毎日毎日彼女とまったく同じように僕は歌い続けて、いつか近づいてやる、いつか近づいてやる、と想いながら頑張った。僕の唯一のよりどころが彼女だった。だからこそ、そのことを決して他人に言わなかった。言うと、全部ダメになってしまうような崩れて消えてしまうような気がしてたからだ。
その後、僕は椎名林檎に出会い、ネットで素敵な文字列を生む女の子達にたくさん出会い、そうしてちょっとずつ世界を広げて、アルバムの形を作っていった。


今回のアルバムリリースで、メディアのインタビューとか取材とか受けて、どういうものに影響受けたりしたのですか?的なことを語る機会が増えて、それで、今まで封印していたそのことを、少しずつ人に言うようになり、そうしてやっと特集することが出来た。
今振り返ると、今回の僕のアルバムの半分くらいは彼女で出来てる気がする。そして、残りの半分のうちの半分は僕の元々のルーツ、もう半分はネットで出会った文字列達によるインスパイアで出来てる気がする。


僕は自分の表現力にまったく自信がなかった。自分なんかダメだ、と。存在の意味すらないし、僕の周りにいる全ての全員が、僕より優れてる気がして激しく落ち込んでいた。半分死んでたも同然なんだ。そんな僕を生き返られたのは、そういう出会いがあったからなんだよね。
僕は今、自分のアルバムをそれらの人たち全員に聴いてもらって、そこここにあなたが居るんです、ありがとう、と言いたい気持ちでいっぱいだ。僕はみんなに生かされたんだよ。


ところで。僕はなんで彼女みたいな「女の子」のようになりたいと思ったのだろうか。それは僕が「男子力」というものを毛嫌いしてたからだろう。今まで生きてきて「男子力」と言うものを好きだった事は一度もない。ともかく嫌だった。でも僕は性的には極めてストレートなので、その矛盾にずーっと苦しみ、自分の中で折り合いが付かなかった。女子が女子力を求められて苦しいなら、男子だって一緒だと思ってた気がする。そういえば僕は今も、女子力が強い人はあまり好みではない。


僕が不本意ながら男子力を付けなければならないなと思い始めたのは、やっぱり歌い始めてからだ。男性として歌ってる以上、男子としての某かもやはり求められるから、それは商売上必要なものだった。また業界の魑魅魍魎と戦うとき、そうでなければやっていけない場面に多数遭遇した、というのも理由としては大きかったかな。マッチョ。
そして、そういう不本意な自分をやってる事に疲れたとき、女の子の表現者に惹かれて戻っていくんだろうと思う。自分に近い存在としての彼女たち。


一夜明けて birthday の朝だ。


今思いだしたが、ラジオのトークでは、彼女のことをライバルだと思って*1負けたくないと思ってた話はしなかった。単に忘れてただけだが、自分の中で避けてた部分はあるかも知れない。
偶然だが、僕が彼女についての思い出をここで書いてたとき、同じタイムラインで id:font-da さんが興味深いポスト*2を連投していて、aikoの話からそのまま自分の異性感みたいなものを考えることになり、そしてふと、2000年代前半のデジャブのようなものも感じたのだった。


そもそも僕が10年前にアルバムを出したあと、何故人生に絶望して全てを捨ててしまいたくなったか、その理由は何処でも語っていない。aikoのことは今やっと語れたが、そっちの方は今後も語ることは出来ない気がする。ちょっと重い。


だからこそ、何もやる気がなくなった自分をその気にさせた彼女の存在がそうとうデカいわけで。aikoと椎名がスゴかったからこそ、自分も、20世紀までの作風は捨てて、新しいことしようよ的に生まれ変わることが出来たんだと思った。とは言ってもその後、紆余曲折経て結局出来上がったものは見事に自分の音楽と言葉になっているところが、安心したというか、やっと21世紀の音楽を自分も創れた気がして、嬉しかった。


自分は進化したが、今まで聴いてくれてた人を置いていくつもりはまったくなかった。でも僕の母がそうだったように、ある種の人たちにとっては、以前のような微笑ましい僕ではなくなり、離れてしまったなと感じてもしょうがないだろうな。でも僕は世代や時代を背負って創作をしてるわけではないから、同世代やそれ以上の人たちに、何か違うと思われても、ああそうですか残念ですね、としか言えないし。


先週ある番組*3にゲストで呼ばれていろいろトークした際、「音のルーツとしてはすごいロックの殿堂的なものとか懐かしさを感じるのに、でも全体としてはまったく昔を感じさせず、まるっきり今の音だと感じられる、その今を生きてる感がいい」と言われたのが、僕としてはものすごく嬉しかった。もちろん僕も創作時はそう意識して頑張ってはいたが、そう実際に人に言われたのは初めてだった気がする。ノスタルジーに生きない、ということ。


この間のライブで、僕が女性シンガーに書き下ろした作品をセルフカバーとして2曲ばかり演奏した。その際のMCで「僕の書くメロディは女性向きと良く言われ、なので女性に歌わせると合うんです」的なことも言った。その後、そのライブの共演者から、僕の歌は上手かったけれど、やはり女性向きなので女性が歌った方が良いのでは?的なことを言われ、けっこうガツンと傷ついた。僕がそういう曲をあえて自分で歌うのは、まさに「女性向きのメロディを男性が歌うことの新鮮さ」を提示したいからなわけで、それを、やっぱり女性が歌った方が良いですね、と言われたら、それはまるで判っていないですね、とこっちも言うしかないのであって、なんだかなあと思った。


そんなことを考えつつ、昨日の「女の子になりたい」ポストをしたりし、そうしたところで、id:font-da さんのあれらのポストがあって、それら全部が僕の中で、素敵にリンクしていき、そして今日の僕は、とてもスッキリとしてるのだった。

*1:実はBrand-new World のメインのテーマはそれ。

*2:これ、とか、これ、とか、これ。直接はまだ答えていないけど気持ちとしては完全に呼応して僕もポストしていた

*3:NBCラジオ「インプレッション」9月20日&27日放送