恋する段差ダンサー

ハイクの投稿をまとめて記事にしています。

ビーチボーイズは聴くな!

ビーチボーイズという部屋の扉。それは扉だけでも非常に魅力的である。だが扉を開けて中に入ることが出来る人は限られている。というか入ろうと思う人が限られているのだ。僕は昔から同世代や前後 2〜3年の世代が大嫌いだった。これは今でも変わらない。どうしても彼らのセンスが好きになれなかったのだ。言葉や感覚。立ち振る舞いなどすべてである。音楽の趣味も同様。話が合ったということが、まったくなかった。このままでは自分の居場所はない。いったいこれからどうなるのだろうと途方に暮れていたころ Beach Boys と出会った。僕らの年代ではビーチボーイズを聴いている人は、まったく居なかった。今でも居ないと言っても(まぁ)良いだろう。だからこそビーチボーイズは僕の居場所となり得た。彼らに決して侵されず安住できる場所。まさに「In My Room」だったのだ。不思議なことにビーチボーイズは特定の年代以下の人々からは絶大な支持を集めている。日本ではロックといえばブリティッシュロック、という風潮があった(誰の所為なのかは敢えて言及しないが)。その閉塞的な状況に嫌気が差していたのだろう。分け前はすべて上の世代のヤツらが持っていってしまった。俺達には何が残されているのだろう…という感じだったと思う。そんな僕らの心の空洞にビーチボーイズとブライアンの音楽がスッポリはまったのだ。現在の音楽シーンは再発見やリバイバルが主となっているが、その始まりは1980年代後半のビーチボーイズだったと思う。これはブライアンがソロアルバムを出したという影響も非常に大きいだろう。



ビーチボーイズに関しては誰もが、つい熱く語ってしまいがちである。僕もその一人だろうね。だが大御所音楽家 YT氏や、評論家 N氏の「布教」による弊害のことを思うと、熱さも程々にせねばなぁ…と反省したりもしている。 誰かが熱く語れば語るほど、また引いてしまう人というのも居るわけで。双方の気持ちが理解できるのも辛いところだ。そんな意味も込めた、このコーナータイトル。素敵じゃないか(笑)。







2000/06/14 Pet Sounds

一般的に「名盤」と言われているものは、だいたい「良くない」と相場が決まっているものだが、唯一の例外が、この Pet Sounds だった。僕がビーチボーイズを好きになったのは「Party!」を聴いてからだ。その後 Getcha Back (1985)のアルバムを聴いた。プロモも良かったし(今でも見るとウルウルしてくる)本当によく聴いてた。ビーチボーイズは当時から、海外のアーティストが皆口々に「良い」と言っていて、そのうち聴かなければならない、と僕自身も思っていたが、なかなか踏み出せなかった。特に当時 Pet Sounds は幻の名盤なんて言われ方をしてたし、もし聴いてみて良くなければ、その後ビーチボーイズを聴けなくなってしまう、と思って怖かった。そんな葛藤が 2年ほど続いたあと、やっと勇気が出て、アナログレコードを入手し、針を落とした。素晴らしかった!聴いてすぐ「素晴らしいアルバムだ」なんて思ったのは、いったい何年ぶりだろう、というくらい素晴らしかった。難解だとか、聴きやすいアルバムではない、とか言われたりもしていたが、全然そんな事が無く素直に耳に入ってきた。「これの何処が難解だと?」それまで、さまざまな音楽を聴き、吸収し、勉強してきていた。ビーチボーイズは、そんな僕にとって最後の大物だった。そして、その出会いは、とても素晴らしいものだった。Pet Sounds が、すぐに「良い」と思えた自分に感謝した。「ビーチボーイズを聴ける準備」が、ちゃんと出来ていた事が嬉しかった。Pet Sounds を聴いた人は、皆そう言うと思うが、これを聴いていなかったら、今の僕は無いだろう。そうはっきり断言できる、数少ない重要な出来事の一つだ。本当の音は、心の扉を開けた時に入ってくる。扉を開けるのは Pet Sounds なんだな。



2000/06/12 ビーチボーイズも聴け

雨の日はビデオ三昧!昨日、ビーチボーイズ1981年のライブを見た。 81年はカール(Vo.G)が一時脱退していたので、彼のパートの重要な部分を、代わりにブライアンが歌った。そのブライアンは人生の中で最も最悪な状態の時期で、メンバーもそんな重要な事をよく任せたもんだ。姿は完全にダルマ状態。目もうつろで行っちゃってる御様子。ところがこのライブ、ブライアンの天才振りを再認識させ、ビーチボーイズの素晴らしさを再認識させるスペシャルなライブだったんだ。何とか数曲、無難にこなした後「サーファーガール」を歌い始めた。演奏のキーが昔のままなので、高すぎて歌えず、例のダミ声で音程もヘロヘロ、見るのが辛いくらい。ところがエンディングでレコードとは違うフェイクメロディーを歌い始めたんだ。それがカッコ良かったー!予想してない展開だったので鳥肌が立ったよ。その後なんと「ドント・ウォーリー・ベイビー」を歌い始めた。デニスがドラムを叩きながら「頑張れ」とブライアンに向けてガッツポーズをする。目頭が熱くなった。またもヘロヘロ状態。裏声もひっくり返り無残だ。あまりに耐え兼ねたのか 2番の途中でメロディーを下げてしまった。その瞬間ブルース・ジョンストンが、ブライアンをチラ見、すかさず主旋律を歌い始める。なんとブライアンが下げたメロディーは、下のハモリパートだったのだ!そんな「以心伝心」のようなマジックの瞬間、初めて見た。バンドをやってた頃の、音楽的フットワークの軽さの感覚。久々に思い出した。僕らは、そんなマジックを身体で知っているんだ!その後「神のみぞ知る」「グッド・ヴァイブレーション」も彼らしいフェイクが聴けた。胸が熱くなる。今は亡きデニスも、あんなに元気だったんだよな…。何年経っても、どんなヒドイ代物でも、ビーチボーイズは音楽の基本を教えてくれる。カッコなんかより、もっと重要なんじゃないのか?そう思わせてくれるのだ。



2002/06/01 In My Room

俺が音楽を聴き始めた頃はロックの変動期で 洋楽好きの連中は、みんな髪を伸ばしてベルボトムで ブリティッシュロックなんかを聞いていた。ポップ好きの人達は、みんな上品でポピュラー音楽やヒット曲を聴いていた。当時、俺が惹かれたのは ビートルズやその周辺、ロックやソウルっぽいポップス プログレ軍団などだったが、それらは、どれもその年上の人達にすべて開発されていて、俺が好きだといっても 「若造が何を言う」みたいな目でしか見られなかった。そんなことが続いて嫌気が差してきた俺は、そのうち自分の居場所を探すようになる。ちょうどその頃、ポップロック時代が到来。ベイ・シティ・ローラーズやスージー・クァトロとかクイーンとかパイロットとか…。ロックからすれば亜流みたいな音楽が人気を博した。そして極めつけは Wings だな。 ロック兄さん達には不評でも俺達若造には、それらが新鮮でね。 純粋に楽しめたんだよな。ディスコ登場までの短い期間だったけど「俺達の時代」が確実に存在していたんだ。前にも書いたけど、東京に来てからは、それはアイドル・ポップになった。アイドル・ポップとは言っても、まぁ詳細は書かないが、実質的にはティンパンアレィ系のようなものだったからクォリティは非常に高かった。これらも分別あるオトナどもには不評だったが、確実に俺達の時代だったんだな。年上の連中に侵されていない「俺達だけの」部屋だったんだ。そして最後に到達したのが Beach Boys だった。まるでフロンティアのごとく。西へ西へと進みつづけ、最後にキャリフォーニァの海岸に到達したのだ。ビーチボーイズの部屋の入り口には扉が付いていた。その扉はとっても魅力的で、見ているだけでも飽きなかったが、俺はその扉を開いて中に入ることにした。そして俺は、今でもその部屋の中にいる。普通の人は魅力的な扉だけで満足してしまうだろう。或いは、扉だけ見て「僕はいいや」なんて言って、その場から立ち去ってしまうかもしれない。人によっては取っ手が見えず、それが扉だとさえ気付かないかもしれない。入ることの出来た俺は幸せだったのだ。ビーチボーイズは最近ようやく価値が認められて、ロックの中での地位が確立した。だが、ロックファンの間で浸透したかといえばそんなこともなく、未だに偏見は根強いままだ。これからも恐らく変わらないと思う。ビーチボーイズの部屋はブライアンの心と同じように、永遠にオトナどもに侵されることは無いだろう。そして俺も永遠に住み続けるのかもしれない。時々出たり入ったりしながらね。



2002/08/20 Melt Away

子供の頃からクラッシックや、それに順ずる音楽を、ロック・ポップスと並行して聴いたりしていたので、ロック系を聴く際にもクラッシック音楽に対する、ちょっとしたワダカマリが正直あった。コンプレックスというのは大袈裟かも?だけど、やっぱり音楽の完成度としては比べててしまうところがあったんだな。かなり後年になるまでクラッシック楽団の演奏会などに出演し続けたりしてたのも、そういう気持ちが払拭できなかったからだと思う。実際、好きだったし(よく出来たオーケストレーションは最高)。今思うと、僕の好きなアーティスト達も、どことなくそれを意識してるフシがあった。他ならぬアーティスト自身がそう思っているので、それがリスナーにも伝わったんだな、と気が付いたわけだ。それをまったく意識させないのはジョンレノンくらいだったな。ま、そのようにどっちつかずで漂っていた僕だったが、ここで何度も書いたように、ある日大事件が起こる。ビーチボーイズを聴いてしまったのだ。そこで僕は「おーこれで良いのか…」と初めて気持ちが落ち着いたのだ。ビーチボーイズを聴くようになってから僕は「対クラッシック」とか「対ビートルズ」とか、そんなことをまったく意識することが無くなった。物事の原因を探ること。真実を知るのは怖いことだ。だが、知ったときにはホントに気が楽になるのだ。別に僕は宗教家じゃないよ(笑)。むしろ「無宗教」教。「自分教」って感じ。つまり誰の手も借りず「自分で」それを発見したのだ。でも僕は特別じゃない。誰でも出来る。誰でも出来る、と僕は言いたかったんだ。ジョンもブライも、そう言いたかったんじゃないだろうか。







後記

こうして集めてみると、やっぱり熱いな(笑)。まぁ「何かを書く」という行為自体、何かに突き動かさせたから行うんで、そんな文章が熱いのも、これまた当たり前なのだろう。だから中和する意味でも、最後にもう一度ダメ押しで言っておこう。



Beach Boys は聴くな!